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診療用撮影器材(撮影機材)

ここでははじめに現在私が日常使用しているカメラ器材(カメラ機材)について ご紹介いたします。
歯科の項目にお急ぎの方はまず初めのページに戻ってからどうぞ。
フィルムカメラで現在もっとも頻繁に使用しているのがこのセットです。
ニコンF4E(NikonF4Sを発売当初から使っていましたが電池交換が面倒でこまっていました。Nikon F4E発売と同時にF4SをF4E仕様にすると共にもう1台増やしました。)にチノンインフォバック2というデータバックをつけたものにDC電源を固定してメディカルニッコール(Medical Nikkor 120mmF4)を一体化して使っています。
前回オーバーホールしてから2000本近く撮っています。(1000本位撮ったらオーバーホールに出すように言われていましたが・・・) 握りやすいようにレジンなどを使い機材が重くなっても安定した姿勢で撮影ができます。
今日、2004年6月6日、最近のネガを調べていたらほとんどが露光オーバーだった。今年に入って等倍撮影時にオーバーになっていたので発光量をレンズの感度で調整していたが通常の撮影でもボディにあるレンズの自動絞り調節レバーが働かなくなっていたのだ。あと12本で記念すべき20000本というところだったが新宿のニコンサービスに持ち込んだ。思えば前回オーバーホールしてから2000本以上は優に撮り続けていた。よく酷使に耐えてくれた。開業してから18年目で20000本、この3年はフィルムカメラの出番が以前の1/3になっているとはいえ年間平均1000本は越えている計算だ。ついでにニコンF5用の裏蓋にインフォバック2をつけたものも持って行ったところ、不具合(フィルムを認識しない。)の解決策について貴重な意見が得られた。
6月17日、オーバーホールと修理の出来上がったF4を受け取ってきた。シャッターユニットは磨耗のため交換されていた。ファインダーを覗いてみて駒数計の照明が数段明るくなったように感じた。シャッターの作動音も別物のようだ。早速20003のフィルムを入れて待機させる。そう記念すべき20000本目のフィルムはFEによって撮られてしまった。もう一台のF4Eもオーバーホールしてもらおう、ニッコールクラブに入ってから。
 
ご注意:
 
2004年3月、 何人かの歯科医に乳歯の生える順序を 私の趣味のホームページに載せたと連絡しました。
カメラが目当てでこのサイトをご覧になる方には ご面倒をおかけしますが しばらくの間 不要な箇所は 飛ばして 進んでください。
下の階層に移られた方は戻るときに 必ずパソコン左上の「←戻る」をクリックしてください。そうでないと また 初めからえんえん どうでもいいことを 飛ばさなくてはならなくなります。
歯の写真が目的でこのサイトをご覧になる方は まず 初めのページに戻ってから どうぞ。。
つぎに 口腔内撮影用カメラとともに用いる 撮影補助器材をご紹介いたします。
口角鉤(こうかくこう)といい 口唇を引き 歯がよく見えるようにします。左が正面撮影用、右は側方からの撮影用です。
既製品のサイズでは すべての方には 合いませんので 場合によって 削って小さくしたものを使います。
ミラーです。上の1枚はステンレス製。あとのものはガラス製の表面鏡です。左下の一番小さなものにはレジンのホルダーがついています。ガラス製の方が歪みがなく撮影できます。
口腔内に入れて かみ合わせ の部分を撮ったり、 側方から噛んだ状態を撮るのに使います。
私が専門としている小児歯科では 来院される こどもたちの口腔内の変化が大きく、1986年の開業以来、一人一人のお口の中を定期健診(定期検診)ごとに撮影しています。はじめの473本はポジフィルム(エクタクローム)、474本目からはネガフィルム(コニカ カラー)にして2003年12月末現在で19762本の36枚撮りフィルムを使っています。このほかに あとでご紹介しますように コダクロームでの長期観察用1台、エクタクローム(現在はフジクローム)による症例写真用1台、一人の症例(歯の表面における再石灰化の変化を記録中)のために1台と全部で4台のメディカル ニッコール 120mm付きカメラを使っています。このほかに 数台のカメラボディと2本のメディカルニッコール120mmを予備として置いています。しかし 以前は毎日5本位撮っていたのが最近はディジタルカメラで撮ることが多くフィルムカメラの使用は半分以下になっています。
つぎにご紹介するのは現在もっとも使用頻度の高いディジタルカメラ(以下通例により デジタルカメラ、デジカメを使用します)です。
ソニーDSC-D700(Sony DSC-D700)といいますが、2004年1月4日現在 私が知っているデジタルカメラの中でこのDSC-D700とその後継機であるDSC-D770ほど、ほんの少しの工夫が必要ですが、毎日の歯科診療の記録用として優れたデジタルカメラはありません。残念ながらこのカメラの後継機は登場しませんでした。それどころかソニーのホームページには愛称である サイバーショット プロ の名とともに 見つけることすらできないありさまです。私にとって このカメラの欠点は 倒れやすいことです。ご覧のような状態で使いますから ただでさえ倒れやすい形をしているものが 余計に倒れやすくなります。そこで ボディ下部に ニコンF5用ハンドストラップのストラップなし を付けています。 このソニーDSC-D700、DSC-D770の仕様はこちらに掲載されています。(2004年5月8日現在)
にならって なんとしても このカメラの存在した足跡を残しておきたいというのが ホームページ製作まったくのド素人人間の私がこのサイトを たちあげた一つの重要な動機です。
DSC-D700とD770に必要な工夫とは接写レンズ(通常の口腔内撮影用すなわちメディカル ニッコール使用時の1/2倍程度までは、+4を使用)とマクロ用リングストロボ(これもメーカーのお荷物となっているという噂があるサンパックDmacroを使用)を付けISO感度を最低に設定し、絞りを8~11、マニュアルフォーカスとしレンズの焦点距離を20から26mmで通常使用の焦点距離に しるし をつけて 常にその指定した2~3箇所の位置(親知らずから前歯までの範囲が必要なら15mmの位置)にして撮影することです。もし 手元に接写用のストロボをお持ちなら減光のためにNDフィルターを発行部に貼って使用しても差し支えありません。
このカメラの一番の特長は 新しいフォルダを作りながら撮影できることです。
私はこの機能を使って 患者さんごとに整理しながら口腔内を撮影しています。1日に30人前後、多いときには40人を超える患者さんの口腔内の写真を撮っている私にとって ほかのデジタルカメラ(ニコン、EOSデジタル、コダックやフジ、コンタックス、ペンタックスのデジタル一眼レフも含む)にはこの機能がありませんから、たいていの場合 自動的に通し番号が付けられていきます。
これではフィルムカメラのときのような撮影記録ノートが必要になります。患者さんごとにフォルダができていればこの手間は遥に減じられます。
これが いまだに このカメラを手放せない理由です。
このカメラを初めて口腔内撮影に使ったときは内面反射がひどく また使えないものを買ってしまったと思い放置してありました。しばらくして メーカーによるファームアップ(本体の機能更新?)のニュースを知り、撮影した口腔内写真を添付してメーカーに送りました。
戻ってきたカメラで口腔内写真を撮って驚いたのは 接写のときにあれほど はでに 内面反射の影響が出ていたのに全く無くなっていたことです。下の二枚の写真を比較してください。
更新前
更新後
ちなみにこの子の初診時の上顎はつぎのようでした。
スライドマウントに1984年2月4日とあります。開業前に勤務先で撮った写真で、レンズはヤシカ メディカル 100 オーラル、使用カメラボディは ヤシカFR、フィルムは エクタクロームです。
このデジタルカメラ、ソニーDSC-D700がこのような状態で戻ってきて以来、フィルムカメラのサブ機として使用し始めました。その後 1年ほどたってからは メインとサブが逆転して現在にいたっています。ただ修理代が ものすごく高かった(昨年ズームリングが動かなくなりDSC-D770を修理にだしましたところ、100,000円以上かかりました。D770のレンズがなかったためD700のレンズ、外観が少し明るい色をしています、を付けていただきました。戻ってきた壊れたレンズを分解したところ、ズームの動きを規制する溝からコロが外れていただけでした。)のが残念でした。 しかし 今のところ このカメラに替わるものがない以上修理して使わざるを得ません。現在 メディカル ニッコールの等倍にあたる拡大率で撮影するために1台、さらに拡大撮影するために1台の2台のDSC-D770を使っています。この他にあと3台のDSC-D770を予備として用意してあります。最新機種でなぜこのカメラのように 使い勝手がよいものが出てこないのか不思議でなりません。コンパクト型デジカメでも500万画素が多くなっている現在、記録メディアも大容量のものが どんどん安価になってきています。近い将来モニターのさらなる低消費電力化で1枚のメディアにかなりの枚数の写真が記録されることになります。そのようなときに撮影済みの写真を効率よく見つけ出すには 撮影時に たとえば 携帯電話のメールを書くのと同様に 簡単に名前つきのフォルダを作られるようにするべきだと考えています。いたずらに画素数を増やす競争はこのあたりで休止して 使い勝手を改善する競争を もっともっとして欲しいと願っています。
つぎに ご紹介するカメラは 現在 顔貌の写真を撮るのに使っているデジタルカメラで、一年に一度撮影し、患者さんごとにフロッピーに保存しています。ソニーMVC-FD95とMVC-FD81の2台使っています。
フロッピー使用の顔写真用デジカメ
ソニーMVC-FD95
フロッピー使用の顔写真用デジカメ
ソニーMVC-FD81
これらも古いカメラで 現在のコンパクトデジカメなどと比較すると、画素数、シャッターボタンを押してから実際にシャッターが切れるまでの大きなタイムラグなど お世辞にも使いよいとはいえない代物ですが バッテリーが前述のDSC-D700、D770と共通なので、融通がきくなど 手放せないでいます。私が本格的に顔写真を撮るようになったのは比較的新しい1991年11月からです。それでも もう10年以上経っているわけで ときどき 今みえている子の10年前の顔写真をプリントして差し上げています。
 
顔の写真はパソコンに保存しますが MVC-FD81で撮ったものはそのままフロッピーに残してあります。
フロッピー背部下のほうにカルテ番号が色で付けられています。
 初めて顔写真用に使ったのはニコンF2(Nikon F2)に85mmF1.8(非AIの古いもの)を付けたものでした。 これが そのときのカメラとレンズです。
このニコンF2には2つ思い出すことがあります。発売直後 購入いたしましたが しばらくして どこの不具合か忘れましたが修理に出しましたところ、基板を取り替えたと言われました。もう一つは チノンのインフォバック1を付けようと裏ブタに穴を開けたときです。板が二重になっていました。外側のフィルムメモホルダーが付いている板の内側に縮緬状仕上げの板がつけられていました。後にもう一台のF2の裏ブタを加工したときには通常の一枚になっていました。 つぎに使ったのは コニカ オートレックスのハーフフレームの横幅を0.5mmほど広げて、36mmの画面にハーフサイズの写真を2コマ入れたときに真中の黒い線が太くならないようにしたものでした。つぎに使ったのはキャノンオートボーイテレ6で
やはり ハーフフレームの横幅を広げていました。このカメラの後ろ側に貼ってあるシールは数字を示していて青は6、緑は7、赤は5、白は1を表します。デジカメで顔の写真を撮る直前まで使っていました。このカメラの良い点は縦位置で撮影したときに日付がきちんと下に写り込むことです。
そういえば フジフイルムのTATEYOKOというカメラも試したことがあります。水銀が入ったビニールのホースが90度曲げられて入っていて縦横に構えたとき水銀が動き電気の接点に触れ使う日付プリンターを切り替えるというものでした。
ライカ72やコニカFT-1モーターをハーフフレームにしたもの(コニカFT-1モーター プロハーフと同じ機構にしたもの)
、ニコンFM10をハーフ フレームにしたもの
も持っていますが 実際には使用しませんでした。2000年1月からは 全身の写真を 初来院時に撮り、その後 詰め物、矯正などによる噛み合わせの変化が 全身に影響していないかどうかをチェックしています。 この目的のためにも 今は 前述の顔貌用デジカメMVC-FD95を使っています。コンパクトカメラを縦に細長く二つに分け一画面に2コマの縦長写真を撮ろうとしたり(一時はやったコンパクトカメラの上下をマスクしたパノラマモードの写真を2枚一画面に撮る)、マミヤプレスのポラパックの引きブタを縦長に2分したものを作り一画面に2枚の縦長写真を撮ったり、挙句の果ては アート パノラマ 240 という 120フィルム3枚撮りのものを利用できないか、市販のステレオカメラをパノラマカメラに改造したりと、何とか画面の無駄を少なくできないかと 悪戦苦闘していました。デジカメを利用すれば不要なところは簡単に取り除くことができますし、正面、左右側面、背面を一枚に合成することも容易です。合成するときに便利なように床から垂直にレールを立てて カメラをこのレール上を滑らせて被写体の中央の高さに位置させて撮影しています。
つぎのカメラは きちんと症例を 長期間 残しておきたいときに使っているものです。
ニコンF4Eにチノンインフォバック2、メディカルニッコール120mmを付け フィルムはコダクローム64 を入れています。国産フィルム、とくにフジクロームの進歩は大きく(もっとも最新のSensiaⅢでは色の感じがSensiaⅡより私の主観では悪くなってしまった)本当は使いたいのですが、進歩のために使っているフィルムが製造中止になり古い製品と色の再現性が同じでなくなってしまいます。その点コダクローム64は古いものですが長期間にわたって安定して供給されています。 ただ現像所が いつも出しているところ(昔の東洋現像所)は東京での現像はやめてしまい 大阪でおこなっているということです。目的が急ぐものではないので そのまま使っています。
つぎの デジタルカメラDSC-D770は 口腔内の部分撮影用に使っています。
メディカルニッコールで撮影したときの等倍(35mmカメラの画面である24x36mmの範囲のものを画面一杯に撮る)にあたります。クロースアップ(日本語ではクローズアップが一般的なようですが「NHKクローズアップ現代」など 私は嫌いです。) レンズにはニコンの6T+5T+マルミの+4と3枚使っていますが +10程度のクロースアップ レンズ1枚でもいいです。
上の写真 左側の3枚はニコンD1で撮影したもの。右側の4枚はソニーDSC-D770で撮影したものです。
これは とくに 一部分を大きく撮りたいときに よく使います。たとえば 幼稚園などで ころんだりして 前歯を折ったとき 保護者の方が見える前に 処置をするときなど 以前はニコンF3(Nikon F3)あるいはニュー キャノンF1(New Canon F-1)にミカミのスピードマグ二(このページに戻るときには 左上の「←戻る」をクリックしてください)というフィルムバックを付けインスタントフィルムを使って撮っていましたが 現在はこのデジタルカメラを使っています。修理したときにD700のレンズが付いてきましたので鏡筒の前部が色白です。
 ポラロイドSX-70、SLR680もありましたが画質がおもわしくありませんでした。
左がニコンF3につけたスピードマグニ、右はキャノンニューF-1につけたスピードマグニです。
このホームページにスピードマグニを載せるとき ミカミのホームページを見て驚いたことがあります。それは銀座の松島眼鏡店の2階のカメラ売り場がミカミのものだったことを知ったことです。30年ほど前、まだ学生だった頃、水道橋の大学から歩いて、神保町、淡路町、美土代町、神田、日本橋、東京駅、銀座、新橋とカメラ店めぐりをしていました。いつも この フルコースを歩いたわけではありません。神田までのことも、三越前までのことも、東京駅までのこともよくありました。あるとき 松島眼鏡店にあったニコンサロン(現在はライカなんとかになっています)行こうと階段を上っていったときのことです。階段の途中のショーウィンドウの中に綺麗なニコンSP 5cmF1.1付 がありました。思わず 衝動買いをしてしまいました。 付属していたケースは前カバーが 今にも取れそうなものでしたがそのままつけて持ち帰りました。それから 数ヵ月後だったと思います。神田駅西口にあった 西口カメラ(シュミットに寄って神田駅に向かうのが当時のコースで その途中にありました)で 今度は ニコンのF1.1用のレンズフードが これもまた 元箱 革ケース付きで まったくのデッドストック品としか言いようのない状態で 見つけ 即購入となりました。 そんな 昔のことを思い出させました。
ほかに もっと拡大したいときに使うのが つぎのデジタルカメラです。 あまり使用しませんが メディカルニッコールの2倍から3倍(被写体の横幅が15mm~7mmまで)のものが撮れます。
前のデジタルカメラと同じDSC-D770ですが 接写レンズにケンコーのクロース アップ レンズ No.17を付け、サンパック オート 622システムというストロボにRH-1というリング状発光部を付けています。このストロボは光量を1/128まで減らせます。フィルムカメラではフィルムによってカメラボディを替えましたが接写用デジタルカメラでは撮影倍率によってカメラを替えるのが能率的で よいと考えています。
つぎのカメラは通常の症例写真用で、現在はフジクロームを入れています。ボディはニコンFE(NikonFE),レンズはメディカル ニッコール120mmです。やはり チノンのインフォバック2を付けています。
せっかく 撮った写真が 誰のだかわからなくなっては たとえ症例として貴重なものであっても その価値は半減してしまうと考えています。そのためには 確実に名前と撮影日を記録することが必要です。チノン インフォバック2はこの目的のために非常に有用です。
つぎのカメラは ある患者さん一人の経過を追うために使っているもので、フジクロームが入っています。
ニコンFM2(NikonFM2)にメディカル ニッコール120mmが付いています。この患者さん専用なのでインフォバックは付けていません。
私が使っている 4本のメディカル ニッコール 120mmは すべてDC電源とボディを一体化しています。こうすることによって いつでもすぐに撮影体勢にはいれます。また すべてのシンクロコードには手を加えて 小さくしてあります。これは 診療室内を動き回るときによくぶつけていたためです。

もとのシンクロコード

小さくしたコードロックねじ付き

小さくしたコードロックねじなし

つぎに 予備の 口腔内撮影機材 を 並べました。
左から メディカル ニッコール120mm付き ニコンFM(NikonFM)とニコンF5(NikonF5)、3台のソニーDSC-D770(Sony DSC-D770)です。
先ほどニコンD1とソニーDSC-D770の比較写真がでましたが、ニコンD1とソニーDSC-D700との比較をしたことがあります。
Nikon D1 とSony DSC-D700 で89個のフォルダをつくり、514枚の写真を撮りました。下の二つの合成した写真はこのうちの一例です。
NIKON D1 AF MICRO NIKKOR 70-180mm
ズームを85mmの位置に合わせて、
距離0.45m 1/250 f32で撮影。
SB21をM 1/4の光量で使用。(ISO 200 FINE)
 
600dpiで保存 50MB
EPSON PM-3000C 専用光沢フィルム
SONY DSC-D700 5.2-26mm
ズームを15mmの位置に合わせて
SUNPAK auto  DX-8R マニュアル1/16の光量
(ISO 200 FINE)
 
400dpiで保存 20MB
EPSON PM-3000C 専用光沢フィルム
写真が小さく わかりにくいかもしれませんが A4の用紙にプリントしたものの比較です。2000年10月30日とあります。ファイルを作りながら これだけの写真が撮れるものは現在のところソニーDSC-D700とその後継機であるDSC-D770のほかにないと思います。 2004年2月15日に ほかにもフォルダを作りながら撮影ができる機種があると ご連絡を受けました。本日 2月20日に池袋の量販店で確認しましたところ、自由にフォルダを作りながら撮影できる機種として EOS-1Ds、EOS-1D MarkⅡ、NikonD100があるとのことでした。他にもフォルダを作りながら撮影できるものもありましたが任意の枚数でつぎのフォルダに移ることができないとのことでした。
つぎに ご紹介しますのはもう使わなくなったコンパクトデジカメの 再利用法の一例で、唾液検査の結果を記録するのに使っています。
 
使わなくなったコンパクトデジカメにクロースアップレンズをつけ これも使わなくなった スライド複写装置を解体して必要な部分だけを残してこれに固定したものです。台はフロッピーディスクの10枚入り用ケースです。
以上 私の診療室で 現在 実際に使っているカメラを紹介いたしました。もっと多いかと思っていましたが それほどでもないと感じています。以前はスライド複写用にニコンF3とマイクロニッコール55mmF2.8付きベローズをセットしたままにしておいて いつでも 複写ができるようにしていました。また急にプリントが必要になったときなどフジフイルムのピクトロスタットというものでポジやネガあるいはパノラマレントゲンフィルムからプリントを作っていましたが 今では まったく 使っていません。
つぎの ニコン クールピクス 990は 学会、講演会に出席するときにメモ代わりに使用するもので、電源が単三電池4本ですから どんなところに行っても まずバッテリーの心配がありません。 以前は音の静かなライカの距離計連動機(レンジ ファインダー ライカ)を使っていましたが 最近は ほとんど 出番がありません。
クールピクス900
が発売されたあと ほんのしばらくして 910がでました。続いて950、990となったのですが、知り合いの歯科技工士さんからこのタイプのニコンのデジカメは990が最後になるらしいと聞き 急いで買いに行ったのを思いだします。その後バッテリーが専用となった995がでて4500もでました。995からはボディが金属でないとニコンで聞きました。汎用性のある単三電池を使う990は気に入っています。電源スイッチの箇所にレジンを盛って片手で電源のON、OFFができるようにしています。
デジカメのよい点は 何と言っても 画像の整理が容易であるところです。100枚、200枚撮ってもインデックスプリントを作り、ビデオテープあるいは録音と合わせれば 少しボケ気味の わたしでも 内容を思い出します。
 
 ここまでが 現在 私が日常使っている 田中長徳さん流に言えば 「仕事カメラ」 ということになります。
「仕事カメラ」 に対して 「趣味カメラ」 という言葉があるかどうか知りませんが つぎに 私の 「趣味カメラ」 を 挙げたいと考えていましたところ、「どうやって 写真を整理しているのか」 と 尋ねられてしまいました。
さて 現在の 私の「趣味カメラ」は カメラというには少々役不足かもしれませんが カメラ付き携帯電話です。「趣味カメラ」というより「メモカメラ」といったほうが適切かもしれません。
ドコモのSO505iで久々に常時身に付けているカメラの登場です。ご覧のように1/4インチのナットを接着して三脚が使えるようにしてあります。いつも持ち歩けるのはいいのですが ちょっとシャッター音が大きすぎるのが難点です。昨年8月、子供が出るジャズのコンサートでスナップを一枚撮ったときのことです。シャッター音のあまりの大きさに周りの客席の方の失笑をかいました。
 docomo SO505iで撮りました。
私にとって 初めて いつも 持ち歩いていたカメラは 発売後間もなかった オリンパスペン でした。当時小学校6年生でした。 冬のある晩 父親に 連れられて 当時住んでいた 千葉県船橋市内のS写真館に行きました。そこの主人が 父に(仕入れ?)伝票を見せながら、「このカメラはプレミヤが付いているんだけど この値段で結構。」 と言っていたのを今でも鮮明に覚えています。
このペンがそれで  いつも ハンドストラップを付けて持ち歩いていたため ストラップ取り付け用金具(アイレットというのでしょうか)が擦り切れてしまい 落としてしまったことがあります。 いつだったか 同じような経験をされた方がいらっしゃるようで オリンパスに ストラップだけ持ってきて 「(カメラ本体を)落としてしまったから カメラをよこせ」と言ってきた人がある。と聞いたことがあります。
2台の初期型(左のペンは私が小学生の頃から使っていたもの。右はずっと後になって手に入れたものです。)ペンをご覧にいれますのは 日本カメラ博物館で米谷美久(まいたに・よしひさ)さんが講演されたときに 私の質問の答えに 初めから絞りプレートと同じ面に1.5mから10mの指標があり、距離リング内側に赤文字のFlashがあったと言われたからです。 確かに右側の138521にはこの文字があります。私が使っていた左側の155978にはありません。ということは一時 つけるのをやめた ということになるのでしょうか。
その後 ペンD、

これが その ペンD で 子供のときからのものですから 40年以上 経っています。

ペンFT(下のペンFTも発売当初から使っていたものです。)と使いました。 

オリンパスペンFが1963年3月16日から始まった 第9回フォトキナで発表されたとき 初日にライツの若い技術者が3人、米谷美久さんに 「すばらしい」とさかんに握手を求めてきたといいます。(朝日ソノラマ刊 カメラレビュー クラシックカメラ専科 No.58  p.133、 朝日ソノラマ刊 クラシックカメラ選書 No.26 「オリンパスペン」の挑戦 pp.169-170) 一昨年の夏 銀座 松坂屋で開かれた カメラ展にウィーンのライカ ショップという業者が ライツのスプリングモーター巻き上げ式 レンズ交換型ハーフサイズ 一眼レフカメラの試作品を展示していました。
このカメラの右後ろにちょっと見えている用紙に面白いことが書かれていました。
レンズを外した状態です。
「メモカメラ」がでたところで 私の「メモカメラ」の変遷を 述べたいと思います。 ペン、ペンD、ペンFTの後はアサヒ ペンタックス SP と続きました。歯科大学1年の夏休みに同級生と車で北海道旅行をしたときです。旭川のアイヌ部落のわきの小さな川に車ごと落っこちてしまいました。近くにいた人が 修理工場を手配してくれて 車を川から引き上げ運んでくれました。フロントガラスが割れてしまったので これも近くの自動車解体場で 合うフロントガラスを買ってきて 修理工場に持っていきました。硬化するのに1日かかるといわれました。騒ぎを見ていた 北海道教育大学旭川分校の方が学生は帰省しているから寮に泊まれと言ってくれました。一日そちらでお世話になることを決め、まず近所の銭湯に行きました。出るとき さっきは 大変でしたね。と言って 銭湯の費用は要らないよ。と言われました。帰ってから 寮長さんの子を連れて動物園に行きました。夕飯は お父さん(寮長)ご自慢のカレーをご馳走になりました。カメラを駄目にしてしまったので 替わりに ミノルタ QTという16mmフィルム使用のカメラを買い、旅行の残りはこのカメラで撮りました。帰ってから ペンタックスを修理に出したところ、非常によい条件で交換品を販売して頂けると言われましたが、1964年 発売とほとんど同時に購入した思い出深いカメラだった(ボディNo.1010832)ので修理していただきました。ペンタックス SP を 愛用していた時期が長く続き、西麻布のペンタックスギャラリーへも何度も行きました。そこで配布される小冊子 ミラー イメージは毎号楽しみでした。オリンパスからOM2がでたとき そのTTLダイレクト測光という言葉になんとも言えない魅力を感じストロボ310と共に即購入いたしました。実は1972年に当時のチェコスロヴァキアに旅行に行ったときに同行のS君がOM1を持っていました。(私はペンタックスSPを2台とペンFを持っていきました。)その軽快さを「いいな」と感じており、またAEのOM2の発売の予告も承知していました。 次の年、1973年には、前年 頼まれた品物(ファイバー ライト ?)を届けにチェコの古い温泉地(地名を忘れました)のホテルに行ったときに受け取ったコルナ(チェコスロヴァキアの通貨)でソ連製のホリゾントというパノラマカメラを買い、帰りに寄ったツェルマットでアルプスのパノラマ写真撮影を楽しみました。このパノラマカメラは故障知らずでよく写り、写真やさんに無理を言って四つ切の紙を細長く半分にして八つ切りの費用でプリントしてもらいました。今ではすべてオートなのでこのようなことはできないと聞いています。1976年、大学の小児歯科の医局に残ったときにカメラが好きな先輩が三人いました。一人は当時助教授だったG先生(後ちに長崎大学教授となられ先ごろ退官され名誉教授になられました。)、一年先輩で立川市で歯科医院を開業されているS先生で、お二人ともカメラを始めメカに強く、当時 G先生はライカ、S先生はSプラナー120mm付きのハッセルブラッド500ELMとローライSL66をメインにニコンも使われていました。教室にはライツの顕微鏡撮影装置アリストフォトがスクリーン交換式のビゾフレックスⅢ型とライカM4-2と共にありました。そのようなカメラ環境の中で 私のメモカメラはミノックス35ELになっていました。このカメラも随分使いました。絞りの形がよくありませんが とにかくよく写ります。 こんなによく写るのなら あの小さなミノックスも いいかもしれない と S先生が香港にいらしたときに ミノックスCを買ってきていただきました。もう お一人は 4年先輩のY先生で 後に横浜市で小児歯科医院を開業され、現在 日本小児歯科学会でご活躍される一方 ミノックスの研究もされていると お聞きしています。中村君 これあげるよ と35mmフィルムから ミノックスサイズのフィルムを 切り出す カッターをいただきました。後年 G先生、Y先生、S先生の皆が かなり ライカを収集されています。昨日もG先生から「ライカM4-Pの70周年記念ボディを買ったよ と電話をいただきました。G先生はレンジファインダーニコンにも興味がおありで、本来のニコンSP,S2以外に、2000年に発売になったニコンS3の復刻版もお持ちです。私の持っているS型ニコン用の105mmF4にも関心があるようで、50mmF1.1(外爪)をお譲りしたとき そのうち こちらも お譲りするように言われていました。ところで 私のミノックスCですが 4-5回も使ったでしょうか 技術の未熟さも手伝って なかなか 使い切れず メモカメラにはなりませんでした。それよりも むしろ 中古で買った ライカⅢbの方を多く使っていました。もともと付いていたのはシュナイダーのクセノン5cmF1.5でしたが普段使っていたレンズは富士越で買った50mmF2.8のエルマーでした。G先生に このレンズはハズレだったねとよく言われました。富士越を通してシュミットで点検していただきましたが 良くはなりませんでした。
 先週の金曜日のことです。2歳児の新患がありました。健診で むし歯になりかけの歯があると言われたそうです。ひととおり検査をし 仕上げ歯磨きが済み 母親に説明していると「パパが子供のころ診てもらったことがある。」と言われました。
この写真は この子の父親が11歳のとき 1981年6月10日のものです。開業5年前のものです。
現在は31歳になっています。
 つぎの写真は昨日(1月15日)みえたときの この2歳児のものです。はじめに 左のプリントをつくり、必要事項を記入し治療計画などを説明し、スキャナーで保存したあと、保護者の方に右のプリントをおわたしします。
つぎの写真はこの日に撮った院内保管の新患ファイル用のプリントです。下唇を噛む癖があり、上の前歯が出ています。
初来院時の記録

話がそれました。 

 カメラの話の続きです。

 

つぎの メモカメラは・・・順序が違うかも知れませんが、ジャスピン コニカの愛称のコニカC35AF、このカメラは 家内の親友の結婚式の日1977年11月30日に発売になりました。前日カメラやさんから届いた このコニカC35AFを持ってその結婚式に出席しました。つぎがキャノンA1でしょう。1978年4月に長女が生まれ、そのスナップ用に35mmF2、85mmF1.2の2本のレンズ、ストロボ199Aを一緒に揃えました。ニコンF2も2台持ってはいましたが子供用にキャノンA1を購入しました。ところが長女が 生まれたとき 私は今でも 反省している一言を言ってしまいました。 家内はその 一言に 怒って 退院後 半年の間 実家に戻ったきりになってしまいました。私は この間に出た給料とボーナスで ライカM5を買ってしまいました。レンズはライカM4Mに付けていた50mmと35mmのズミルックスです。ライカM5はカメラを縦につるすタイプで非常に使いやすく、この後、ミノルタα9000、キャノンEOS RT、ニコンF5も縦につるして使いました。その後 メモカメラらしいものはとくになく、1988年のLHSA(ライカ ヒストリカル ソサエティ オブ アメリカ)の20周年記念のライカM6が散歩用カメラとなりました。このカメラは初め20台限定で作られるという案内がだされましたが、期日までに支払いを済ませば希望者全員に頒布するということになったものです。結局43台が作られたようです。私のM6のナンバーは20-01、つまり 1番でした! 普通なら こういう番号は会長とか顧問とかが初めから取って置くのではないでしょうか。 なんという フェアな考えをもったクラブでしょう!このことをLHSAの機関誌ヴューファインダーに投書したところ掲載され そのしばらくあとに カナダの会員から「知人が持っているM4-PとR-4のエベレストを買わないか」と手紙を頂きました。私はカメラは使うもので飾っておくものではないと考えておりましたので、一度は要らないと返事を出しました。ところが「知人の会社が倒産してどうしても処分したい。ただし箱から一度も開けていないので写真はない。」というのです。ライカの一眼レフは使うには良いでしょうが、どう考えても私は使いません。それでM4-Pだけ引き取ることにしました。」 着いたのは まったく開けていないM4-Pとこのときの(カナダのエベレスト登山隊の成功)記念のポスターでした。このポスターは後年ロンドンに行ったときにP.H.vanHasbroeckにあげてしまいました。たいていの方と同様に私も普段はカメラは使うために買いますが このM4-Pともう一台使う目的がないのに買ったことがあります。それは カメラショー20周年記念に日本の各メーカーが各20台の限定で 東京と大阪の会場で販売したもので 私はニコンFEを購入しました。このボディは黒色塗装で茶色のトカゲ革仕様、裏ブタにはTT-1~TT-20のプレートが貼られていました。このカメラも一度も使ったことがありません。このLHSA M6ボディには35mmズミルックス アスフェリカルをつけて ずいぶん使いました。私がこの会 LHSAに入ったのは 1979年9月22日に開かれた 中川一夫さんの写真工業社刊「ライカの歴史」出版記念講演会で たまたまお隣に座っておられた 大阪からお見えのTさんに勧められたからです。サンノーカメラのスタッフの方々の協力で開かれました。講演会の後サンノーカメラで売られているライカを見ましたが、その中に スウェーデン軍用の黒のⅢfが50mmレンズつきでありました。店を見た後 希望者は中川さんと共に山王飯店で食事をしました。当日 私はライカM4Mに35mmのズミルックスを付けて講演会に出席しました。モーターの具合が悪く(歯車が噛んでしかまい)動かなくなってしまっていたので(?)使っている最中にモーターが止まってしまったらどうしたらいいでしょうかと尋ねたところ 「簡単だよ 電池をプラスマイナス逆にしてシャッターを切ればいい」と教えていただきました。実際に 家に帰ってから試しますと 見事に生き返りました。このモーターは もともとM2のモーターライズド ボディについていたもので、M4Mと両方のボディにつけて使っていました。評判はよくありませんでしたが 私は非常に気に入っていて これも随分使いました。ちなみに 35mmズミルックスも開放で逆光のときのゴースト、フレアーで ひどく評判が悪いですが 私がライカを気に入った第一の理由は このレンズの高性能にあります。光が一点に集まる、毛糸の質感、赤色の発色 すべてに驚いたものです。ニコンF2に初めて多層膜コーティングされた発売直後の35mmF1.4のニッコールを付けて使っていましたが、始めのレンズはガラスの中にオカリナのような形の気泡が一個入っていました。熔融が難しい新種ガラスのために気泡ができる、性能には問題ない。と言われましたが 買った店で取り替えていただきました。この店は東京駅の地下街にあり初めて寄ったところでした。たまたまショーウィンドウを覗いたらそのレンズが置いてあったのです。おもわず買ってしまいました。このレンズでもズミルックスのような感動は得られませんでした。確か 中川さんが あの講演会で「非球面にしなければ ゴーストは消えないよ」と言っていたと思います。それから20数年後、2枚の研削非球面レンズを使った35mmズミクロン アスフェリカルが登場しました。このレンズは 現行製品であるのに とくに手に入れるのが困難で、新橋のウツキカメラでシーベルの新品を見つけ即購入しました。それ以来 あのLHSA 20周年記念のM6につけて愛用していました。

Leica M6 LHSA 20周年記念ボディ 20-01 です。
上の写真は 2001年12月9日、小児歯科の同門会の帰り、御茶ノ水から日本橋まで このカメラを下げてぶらぶらと歩きました。そのとき三越の前で撮ったスナップです。絞りは1.4の開放です。
一部分を拡大しました。手持ちで ごく普通に撮りました。従来の35mmズミルックスではこのようには撮れなかったでしょう。このレンズが好きです。
docomo SO505i で きょう(2004年3月20日に)撮りました。
朝日ソノラマ刊 カメラレビュー クラシックカメラ専科45号で織間勇さんが一眼レフを改造してライカ スクリュー マウントのボディを作る記事(pp.127-131)を書かれていました。それを読んで 私も何台か作りました。そのうちの一台はライカMマウントにしました。このボディにニコンの35mmミニファインダー(本来のS2用のものでなくファインダーの位置がシューの真上にくるよう改造されたもの)、ズミルックス35mmアスフェリカルをつけて常時持ち歩くようになりました。ただシャッター音が大きいので室内での使用は憚られます。コシナからベッサL(私のベッサLはホットシューにしてあります。ホットシューを2個付けたものもあります。確か アクセサリーシューの下まで配線がきていたと思いますので改造は簡単です。ライカMマウントにしたものもあります。)がだされたので、改造ライカ スクリュー マウントのボディに フェドから外したレンジファインダーをつけたものを作りました。そうしたところ ご承知のように つぎにベッサRが発売になりました。コシナからはベッサT,ベッサR2とつぎつぎに新製品がだされています。あとから あとから ボディだけでなくレンズもだしてきます。この勢いは 凄いものです。凄いついでに ステマーやステレオ ニッコールのコピー製品、レフボックスに超望遠レンズなども作ってもらいたいものです。余計なことを書きました。
ロシアン ライカ(フェド)のレンジファインダーを組み込んだ元リコーの一眼レフ改造ライカスクリューマウントボディです。仕上げの悪さは別として ごく平凡な1/2000秒シャッター付きライカコピーになってしまいました。
ホットシューにしたべッサLです。
ライカMマウントに改造した 散歩用カメラです。ニコン 35mmミニファインダー付き。レンズは上記M6につけていたレンズです。カメラ雑誌2004年3月号のコシナの広告に28/35mmのミニファインダーが出ていました。倍率は0.5倍でこの小さなファインダー内に28mmと35mmのフレームが入っているということですがレンズ構成が贅沢で期待できます。
ほかにも 少し いたずらしています。
ホットシューを2個付けたベッサL(左)とホットシューにして、ライカMマウントにしたベッサL(右)です。フィルム巻き戻しクランクはどちらも表面が平らなものに替えてあります。
フジショウの35mmファインダーの上にホットシューをつけたものとダブルホットシュー仕様のベッサLです。
リコーXR-8のボディにミノックス35ELのファインダーを付けライカ スクリューマウントにしたものです。
ニコンFM10のボディをライカMマウントにしたもの。装着のファインダーはオリンパスμの実像式ファインダー部分でホットシューにしてあります。
ペンタックスのホットシューアダプターを2個利用して ダブルホットシュー アダプターとしたもの。ホットシューにしたベッサLに装着してファインダーとストロボが使えます。
以前ルミエールという中古カメラやさんで リコーオートハーフの改造版を募集したことがあります。左のグリップとホットシューが付いたものの写真とこれで撮影したプリントで応募しました。
変なカメラがでたところで ついでにご紹介したいカメラがあります。
ニコマートELのボディにキャノンのヴァリエクステンションチューブをヘリコイド代わりにつけスーパーアンギュロン47mmを装着したパノラマカメラです。実際に撮影するときにはボディに人造皮革を貼ります。
 
もっと横幅を広くしたいと思いステレオカメラを利用しました。大変満足のいくものが出来上がりました。
ニムスロー(NIMSLO)ステレオカメラをパノラマカメラに改造したもの。スーパーアンギュロン47mmF5.6付き。
もとになったカメラからレンズとシャッターをはずしました。
ステレオコダック(STEREO KODAK)をパノラマカメラに改造したもの。(仕上げの あまりの悪さを見かねたIさんが化粧を施してくださいました。) このカメラには古い型のスーパーアンギュロン47mmF5.6をつけてあります。

ステレオコダック改パノラマカメラでの作例です。フィルムスキャナーで分割して取り込みました。

 

2年ほど前になりましょうか あるとき 池袋から帰る途中 志木行きの地下鉄の中に このパノラマカメラを置き忘れてしまったことがあります。諦めていましたが 数日後 川越(志木より先)の警察署に届いていることがわかり取りに行きました。フィルムが入ったままでしたので帰りに川辺の桜を写しました。

 

 

ファインダーはジャンクカメラ、ジャンクレンズから外したレンズを適当に組み合わせて作った超広角ファインダーです。

パノラマカメラがでてきましたので ひとつご紹介したいカメラがあります。アートパノラマというもので、120フィルムで3枚の6cmx24cmのパノラマ写真が撮れます。レンズはニッコールSW120mmF8がついています。マスクを利用することにより6cmx17cmのパノラマ写真を4枚撮ることもできます。
アート パノラマ 240 NIKKORーSW 120mm F8付き。
 アート パノラマ 240 による作例。
2004年2月19日発売された「カメラGET!super mook 13」 「よくわかるカメラの改造と修理」(学研)という本で、以前「カメラGET! 3号」の「ジャンク&改造天国」に掲載された私の記事も再掲されています。ただし、私の記事の部分では改造、修理の参考にはあまりならないと思います。
ライカが広角レンズを付けてスナップ用にいいとよく言われますが、私にとって ライカ レンジファインダー機の一番のメリットは シャッター音が小さいので 学会、講演会などでのスライド複写が周囲を気にせずにできることでした。当然レンズは長焦点のものが多くなります。ズミルックス75mm、ズミクロン90mm、同アスフェリカルの出番が多かったです一度だけテレ エルマリートとというヴィゾフレックス用の180mmを持っていったことがあります。いまはデジカメです。ニコンF5が出たとき すぐに データバックMF-28と24~120mmズームレンズ、ストロボSB-26を買い11月初めに帯広で開かれた矯正の勉強会に持っていきました。レンズの焦点距離は理想的でした。ただズームリングがゆるく(現行製品では改良されているとききました)カメラを下に向けると動いてしまいました。コマ間データバックはスリーブで見る人にとっては問題がないでしょうが、マウントやプリントで使うことができません。F4までのときのように裏ブタを改造することも難しそうです。文字入力も やや面倒です。そういう訳で Nikon F5は仕事には滅多に使いません。メディカル ニッコールが発売中止になって70~180mmのマイクロ ニッコールとニコンF5の組み合わせが つぎのセットかと考えて購入しましたが このレンズでは 倍率(縮小率)を一定にして撮影するのが かなり難しいことがわかりました。それで 相変わらず 昔のままのセットを使っています。一時 このニコンF5のセットを散歩用に使ったこともあります。
散歩用NikonF5です。レンズは24~120mmのズームです。縦につるして随分使いました。ボタン類も操作しやすいようにレジンを盛ってあります。
 一時 話題になった 安原製作所が 2004年2月で すべての業務を終了。安原一式 が発表されたとき、私も予約をしました。受け取った ボディNo.は 00109番で 奇しくも歯科大学時代の学生証番号とおなじです。持ち歩いていて ファインダー接眼部が壊れてしまいメーカーに送ったことがあります。替わりのものと取り替えてくれると言われましたが 修理していただきました。
 散歩用にはもっと小さく軽いレンズを使っていました。ここでは ちょっと お洒落にズノー(ZUNOW)5cmF1.1後期型を付けています。
あるとき こんなことが ありました。
 
私の勤めていた歯科大学病院の小児歯科診療室は7階にありました。研究室は2階(だったと思います)にあり、裏の階段を使って上下していました。あるとき7階から階段を下りてきたときに4階の教授室のドアのわきに置いてあった一斗缶(灯油か何かの18リットル缶)に木で脚をつけたごみ箱の中にニコンS用の8.5cmF1.5が捨ててありました。このレンズを見ていると ちょうど4階の診療室から出てきただいぶ先輩のA先生に話すと 何も言わずにこのレンズを持っていってしまいました。捨ててあったものですから 別にこれでいいのでしょう。このことをG先生にお話すると、S教授(?)はカメラが好きだったそうで、「要らなくなったから捨てたのだろう」といわれました。いろんな方がおられます。
 
ジオクリエーター(このホームページを作っているソフト)の具合が不安定で、写真を掲載できたりできなかったりしています。 できるときに 逐次 掲載します。
パソコンのファイルを見ていたら 下記のようなものが ありました。ライカM7が出る前に書いたものなので 今読むと 変なところがあるかもしれません が 掲載しました。 もともと10年位前に書いたものに2-3年前加筆修正したものです。今回掲載するにあたり それに少し手を加えました。最新情報が漏れていると思いますが 分かり次第追加します。
 
私流ライカ(クラシックカメラ)の楽しみ方
 
ライカブームだということを聞いてから久しくなります。若い女の子がM2やM3を肩からぶら下げている姿を見かけることがあります。出版物の方もそれに合わせたようにいろいろと入門書、指南書の類を数多くだしています。雑誌など写真誌以外でも特集を組んだりしてある程度目を楽しませてくれています。しかしながら、それらの多くは ただブームに便乗して話題性のみを求め、うわべだけを並べているにすぎないものが多いようです。これらがライカ(クラシックカメラ)の本当の楽しみ方についてどれほど参考になるか疑問に思うものも多いです。もちろん中にはご自分の地道な研究成果を発表されている書物もありますがそれは極めて少数です。 本拙文はこれからライカを集めようとしている方、あるいは既に何台かのライカをお持ちでこれからさらに充実させたいと考えている方にとって、無理なくゆとりをもって ご自分だけのライカアルバムを作りながらライカを楽しんでいただきたいと考えて書かれたものです。文中のライカをお気に入りのクラシックカメラと置きかえてもそのまま通用すると思います。なおこのアルバムをつくるにあたってアフォーダブル コレクションという小さいが内容の豊かな良著を参考としました。これは1993年にアメリカで出版された小冊子 The Affordable Collection (James Munro)で、残念ながら全訳は紹介できませんが、さすがに「豊かな国」アメリカのゆとりある人の趣味の話だと感心せざるを得ません。ライカを例にしたこの本を幹として拙い経験を枝葉に、クラシック カメラをこれから収集しようとしている人 あるいは既にいくつかもっていて今後どのようにしていこうかと考えている方にとって、何らかのヒントとなればよいと思い筆を執りました。実は、この The Affordable Collection が出版された当初は、それほど興味が涌きませんでした。ほかの本のついでにこれを取り寄せ読み進めていくうちに、このような本が30年程前にあったなら、自分のライカはもっと充実していただろうに、と感じるようになり全訳をしてみました。この本には本当のライカの楽しみ方が述べられている気がします。人によって、実用的なボディーとレンズ、アクセサリーを徐々に集め撮影を楽しんだり、極上のもののみを書斎に飾るのも、珍しいものだけを手に入れたり、文献を充実させるのもさらに全種類を集めたりするのも自由です。あなたならどのようにコレクションを楽しみますか。 では、ライカのコレクションを始めることにしましょう。まず、この コレクション の名称を「ゆとりあるコレクション」と決めます。 よくきかれる質問に「ライカの中で一番良いものは何か」というのがあります。多くの方はM3と答えるでしょう。ここで「一番良い」という言葉の中身について考えなくてはなりません。つまり、その人の目的が何かを知らなくては明言できません。撮影、機械的完成度を愛でる・・・撮影なら、その人の撮影スタイルによっても選択する機種が変わってきます。私は50mm以上のレンズしか使わないという人であっても、コストを考えると、果たして現行のM6 TTL 0.85 以上のM3を手に入れることが妥当かどうか。「M3がいい」と口で言うのはたやすいですが「良く整備されたM3が良い」と言うのは簡単ですが、良く整備されて価格が妥当な、普段用に使っても惜しくない程度の価格のM3を手に入れるというのは 普通は かなり難しいことです。修理や部品交換のことまで考えると現行のM6TTL0.85が使うならM3よりもお買得です。 主に35mmや28mmを使うと考えるなら0.72倍ファインダー付きか最近の0.58倍のものとなるでしょうが現時点で格安のものは0.72倍のもので、価格差を考慮にいれれば何もTTLフラッシュが使えなくても差し支えないでしょう。 いきなり本題から入ってしまいましたが、それは まず実際に一番使いやすい機種とレンズでライカを使う喜びを味わっていただきたいためであって、この後さらに充実させたいと考えたなら以下をお読みいただければよいと思います。広大なライカの世界に入り込むかそれとも背を向けるかはまず一つ選んで使ってみてからにしましょう。 初めてライカを買うとき何にすべきかは当然のことながら、その人の目的によって異なります。撮影が目的ならRかM、ふだんの撮影は国産の一眼レフというならMかスクリュースクリューマウントでしょう。ここでは後者ということにして話をすすめます。「ゆとり」とは金銭的にも気持ちのうえでもつかえるなかなかいい言葉だと思います。まず、「気持ちのうえで」ととってできるだけゆったりとした気分でライカ各型を眺めてみることにしましょう。 スクリューマウントの各機種については初めての購入であるならⅢfが一番のお薦めです。その理由は、Ⅰ(A、B、C型)、スタンダード、Ⅱ、Ⅲ(DⅢ)、Ⅲa(DⅢa)、Ⅲbの各機種は板金のため、また発売後長期間たっており、いろいろな手を経ているものと考えられ、狂いが生じているものが多く、よほどきちんと整備されていると保証されているもの以外には手をださないほうが無難であるからです。このようなもののそうした保証付きのものは当然のことながら高価になります。Ⅲcはダイキャストボディーとなり、精密度はそれ以前のものに比べ遥かに増しますがシンクロ接点のことを考えると、やはり一台目のライカとしては二の足を踏んでしまいます。Ⅲgは最後のスクリューマウントライカとして人気があるのか実力以上に高価格となってしまっており、Ⅱfはスローシャッターがないという理由で万能ではないので 使うためのコレクションの初めには選ばないのが賢明でしょう。
 
Mマウントの機種では だれもが名品と推すM3、ファインダーを簡略化したが35mmのフレームのついたM2、M4、大きいと人は言うがTTL露出計内蔵で便利だったM5(実際 私はこのM5を縦につるしてよく使いましたが実に使い良く、ほかのカメラでも縦につるす工夫をしました)、もう一度M4の大きさに戻ってセルフタイマーを省略しホットシューをつけたM4-2、これに28mmと75mmのフレームを内蔵したM4-P、M4-PにTTL露出計を内蔵したM6、さらにM6にTTLフラッシュ機構を内蔵した現行機種のM6-TTL、絞り優先AEのM7というところが一般的なライカMで、少し前までは最小の費用でMをとなるとM4-2か充分使われたM2、M3と言えました。しかしM6-TTL、M7が発売され時間も経ち、0.58倍ファインダー付きまででた現在では、M6の実用的なものが格安で手に入れることができるようになりました。つくりのことをとやかく言っている書物がいろいろとありますが、一台目として実際に思いっきり使えるのはM6だと考えます。M6は1984年の発売以来16年にわたって製造されていたので細かい点で外観、内部機構に変化が見られます。ライツからライカへ変更、TTLメーター回路の改良(フィルムを巻き上げ軽くシャッターボタンに触れてメーターをオンにし、レンズ先端を手でさえぎってファインダーを覗いたときにLEDが点滅すれば改良品)。ストラップ取り付け金具の上のプラスティック板、LEICA M6となっていたところがただM6と大きくなったもの、そして再びLEICA M6ともとに戻っています。正面中央の赤丸の中の文字がLeitzからLeicaに変更され同時にファインダーカバー接眼部寄りにあったERNST LEITZ WETZLARがなくなった。などが挙げられます。M6には種々の記念モデルもありますが場合によってはこれらのうちの一つを選んでもいいでしょう。最小の費用でMをとなると現在ではM6、M4-2かM2となります。M2は発売後長期間たっているのでその程度は千差万別と言っていいほどあり購入には細心の注意が必要です。そこへいくとM4-2はあまり人気のでなかった機種でしかも比較的新しく、ふだん用に購入するには適当かと思います。コレクションとしての価値はないとベテランのコレクターは言うかも知れません。しかし、安くライカのレンズを楽しむのには一番好都合でありました。ありましたと言うのは最近M6TTL、M7がでて従来のM6が格安であり場合によってはM6の方が良いことも多くなってきました。つまりM6が現在のところ一番のお薦め機種です。
 
以上の理由でM型を考えているなら、M6が入門用に適当と考えますが、特別なチャンスによってM3、M2、M4、M5、M4-P、M4-2の各型の堀り出し物に出会わせたなら、それを一番先にするのがいいでしょう。いずれは一台だけでは済まないのですから、自分のコレクションに入ってくる順番が多少変わってこようとも何ら差し支えないのであります。常に気持ちにゆとりをもってライカに接することです。自然に逆らわないのがいいです。さて、コレクションの一番目としてスクリューマウントライカを選んだとしたら、それはまずⅢfと決めましたが、ここでもまた何かの縁でⅢgが先にきたとしても同様の理由で一向に構いませんがⅢc以前の機種は一番目の選択とはしません。さきに紹介したアフォーダブル コレクションではⅢfをコレクション第一号として選んでいます。その理由の一つに比較的程度のよいものが容易に手に入れやすいとあげています。このような、ありふれた機種をコレクションの第一号に選ぶのは気がひけるかもしれませんい。コレクションの価値が下がるのではないかと心配するかもしれませんが、このⅢfこそが使用者にとって現在のカメラの必要条件をすべて備えた最初のライカであり、大判の写真雑誌の黄金時代にローライの二眼レフとともに第一線のカメラマン、フォトジャーナリストによって使われていたことを忘れてはなりません。つまらぬ陰口に惑わされずⅢfを選ぶべきです。余裕があればセルフタイマーのついたレッドシンクロのものがいいがセルフタイマーのつかないブラックシンクロでも何ら差し支えありません。当面は十分に楽しめるはずです。その差額をレンズの方に割り当てたほうが賢いと思います。 ライカM6を手にして最初のレンズは何かといったら35mmのズミクロンでしょう。現在、新製品として非球面レンズを使用したズミクロン35mmアスフェリカルがでているので旧タイプのものは価格的にこれからこなれていくでしょう。この35mmズミクロンは歴史が長く、初めのタイプは1958年から1969年まで、第2のタイプは1969年から1979年まで、第3のタイプが1979年以降現在まで続いていました。1997年にモールドタイプの非球面レンズを一枚使ったものがでました。どのタイプのレンズでもその写りには満足するでしょう。とにかく一本使ってみることです。このレンズを基準として次にスクリューマウントの35mmエルマー、ズマロンなどを試すのもいいし、あるいは国産その他のスクリューマウントレンズを適当な価格で手に入れて比べるのもおもしろいでしょう。実際に自分の手にしているレンズと雑誌や本などに書かれている文章と比較すると良くも悪しくも大変な違いがあるものです。ズマロン35mmにはこんな話もあります。1954年7月1日、本田宗一郎さんと佐貫亦男さんがシュツットガルトでスクーラーを製造しているハインケル博士の自宅を訪ねたとき、「みなそろって記念撮影をしようと本田さんがニコン50mmをのぞきながら後ずさりして手早くシャッターを切ったのに対し、ハインケル博士の四男カールは平気な顔で前に立ってフラッシュをたこうとするので私が「みな入りますか」と聞くと、だまってM3のレンズを指した。それはズマロン35mmの新型広角レンズであった。」佐貫亦男著 追憶のドイツ(酣灯(燈?)社 1991年)M3用ファインダーアタッチメントがついた35mmのズマロンは実際には1958年の市販であるから どのタイプのズマロンが使用されていたかは不明ですがちょっと面白いエピソードです。Mボディーの良いところは最新のMマウントレンズのほかにスクリューマウントレンズアダプターを介して多種多様なレンズを使用できる点であり、それゆえに、たとえM6やM4-2という人気のないボディーであっても往年の名レンズを経験することができる事実です。ファインダーの見え方についてはその当時のⅢなどとは比較にならないくらい遥かに良くしかも35mmのフレームが内蔵されているまことに実用的な点です。またM4-2は最初の95台前後はライツの赤丸シールがM4-Pのようにボディー前面についていました。このシールつきボディーはその数が圧倒的に少なく1468001から1468100までのうちに見られます。最近ボディーナンバーはこのうちに入るがトップカバーの刻印が量産型の2番目のタイプにあたるメイド イン カナダとトップカバー上部シャッターダイアル左側に3行に刻印されているものを見ました。一台は1997年秋の伊勢丹の中古市でもう一台は1997年10月9日のクリスティーズのオークションカタログでです。伊勢丹のものにはM4-2の箱がついていましたがボディーナンバーのついていた部分はシールが剥がされたのか汚れていました。箱の中にはM4-PとR4(だったと思いますが)の2枚のパンフレットが入っていました。店員もそんなに少ないものだったらオリジナルであるわけがないと言っていました。オリジナルのボディーナンバーは初めポルトガルライツのR3用に割り当てられ後にM4-2にあてられたようです。この少数のM4-2の刻印はヨドバシカメラのライカヒストリー、中村信一著ライカコレクションによるとトップカバー上部には見られません。トップカバー後ろ側巻きあげレバー下にメイドバイライツカナダとなっているようです。またアイレット(吊り革用金具)はどちらも黒色です。ついでにM4-2の刻印のバリエーションをあげておきます。全部で6種類あげているものもあります。ほかにもあるかもしれません。こんなこともライカコレクションのおもしろいところでしょう。すっかり横道にそれてしまいましたが将来もっと深くライカのコレクションをしようと思われたならこのようなことにも留意された方がよいでしょう。 さてライカのボディーと35mmのレンズをもってひととおり写真を撮ることを楽しんだ後、次には50mmレンズを選びます。価格の点でズマール、ズミタール、エルマー(旧型)などにも気をとられるかもしれませんが、まずズミクロンを選択します。このレンズにひとまず慣れてから、エルマー、ズミタール、国産レンズ群、外国産レンズ群、ズマールと巡り会うチャンスなどによって多少の順序は都合で代えても勿論差し支えりませんが試されると良いでしょう。初めのレンズにエルマーを選ぶのであればF3.5、赤エルマー、F2.8の順でしょうが、古いエルマーはよく覗いてみないと曇っているもの、傷のあるもの、カビを拭き取った跡のあるものなどが多いので注意が肝要です。できれば初心者はレンズ部分のきれいなもの、ヘリコイドの回転がスムーズなものをよくテストして購入すべきです。最近ではエルマーの曇ったレンズを外して新しいレンズを嵌め込んだものがあると聞いています。カビはすすむとレンズのガラス部分そのものを腐食してしまうので注意しなければなりません。以上のような理由で古いエルマーよりはズミクロンの方が安心して使えると考えこれを選びましたがズミクロンも初期のものでは随分と時間が経っているのでエルマーのときと同様な注意をしたい。ただ1994年にM6Jを発売したときに限定で作ったF2.8のエルマーがその後量産されてでているのでこのレンズを第一候補としてもよいでしょう。これはまったくの新しいレンズで価格も安く安心して使用できます。近い将来スクリューマウントのボディーⅢfを購入予定であるなら50mmレンズにエルマー、ズミクロンのスクリューマウントレンズを選んでもよいでしょうが先に述べたとおりよく吟味した後に購入するのが賢明です。ライツの他のスクリューマウントのレンズは最近だされた35mm、50mm以外すべて古いからです。35mmと50mmのレンズを何本か手元においたなら、そろそろ参考書が必要になるでしょう。まず第一に挙げなくてはならないのは、中川一夫著ライカの歴史(写真工業刊)です。この本を手元において実際に使っているボディー、レンズについての記述を熟読しましょう。次に何を自分のコレクションに加えるべきか見当がつきます。Leica the first 70 years は邦訳がでていますができればいろいろな理由で原著で読みたいものです。レンズの本として同じ著者のライカとライカフレックスレンズ。ライカのポケットブックの最新版は3冊ともつねに手元においておきます。最近刊行された中川一夫著ライカ物語も必携です。これだけあればまず困りません。目を楽しませる書物としては、中村信一 ライカ コレクション、Paul Henry van Hasbroeck のライカ、James Lager ライカなどがあり、ライカ研究書としてはライカコレクターズガイド、ライカスクリューマウントボディー、ライカMマウントボディー、ライカヒストリカなどがある。また、P-H van Hasbroeckの新著ライカ イン カラー、J. Lager の Leica Accessoriesがある。これらの単行本以外に中古カメラの情報を得るために雑誌が必要となります。一番よいと思うのはシャッターバグでインターネットなどで最新情報を得られるならば船便でそうでなければ航空便での定期購読を勧めます。また日本のカメラ雑誌にも広告がでている海外の中古カメラ店からダイレクトメールを送ってもらってもいいです。 本やカタログなどを見ていると、もっとライカのレンズが欲しくなります。当然です。ただ 最近では インターネットの発達が進んで 居ながらにして これらの情報が手に入ります。eBayなどのオークションも盛んです。これらも利用次第では 思わぬ買い物をすることができます。そのためにも 普段書物などで準備しておく必要があります。そこで、35mmレンズの種類を簡単にあげておきましょう。エルマー、ズマロン、ズミクロン、ズミルックスがあり、それぞれ長い製造期間に、あるときはレンズそのもの、あるときは外観のみと改良を受けているのでこれだけでもすべての種類を集めようとするとかなりの数となります。50mmレンズはどうかというと、もっと種類もかずも豊富です。ライツアナスティグマット、エルマックス、エルマー、ヘクトール、ズマール、クセノン、ズミタール、ズマリット、ズミクロン、ズミルックス、ノクチルックスがあり、種々の変更を受けているものも多いです。気長に気に入ったものから手に入れていけば長い間にはかなりの数が集まり、テスト撮影などにお気に入りの被写体を風景であれ人物であれ決めておけば、よいデータが得られるし記録としても立派なものになります。 そろそろ2台目のライカが欲しくなるころでしょう。2台目には何が適当か。初めのボディーがM6ならM7、M6TTL0.85か0.58あるいはM4、M2、M3が妥当なところだと思います。初めのボディーがⅢfであったなら、そしてまだスクリューマウントライカにこだわるならもう一台のⅢf(いま持っていないタイプ)かⅡfでしょう。MマウントでよいならM6を選びます。そして、28mmレンズを探し始めましょう。28mmレンズにはヘクトール、ズマロン、エルマリートがあります。シャッターバグの広告欄を眺めていくと必ずいくつかは「これは」と思う品にあたります。値段が手頃なら早速ファックスで注文してみます。なしのつぶてのこともあるし、在庫しているとの返事を受け取ることもあります。在庫ぎれとの返事がくるかもしれません。乱暴ないいかたのようですけどとにかく行動に移さなければすすみません。運よく在庫していると返事があったならファックスで送料共の費用を聞き送金の手配をします。一番便利なのはクレジットカードですが不安なら送金小切手などを作って郵送します。どんな品物が送られてくるか待つのもまた楽しいものです。運悪く頼んだものがこちらの期待に反したものであったら遠慮なくクレームをファックスで送って返品します。 何回かあまり価格の張らない品物で海外からのメールオーダーを経験すると中には思わぬ買い物をすることがあります。特にアクセサリー類は国内よりはるかに豊富でしかも値段が極めて安いです。 少しは自信がつき、程度の基準もある程度見当がついたなら、いよいよレンズやボディーを注文します。クリスティーズのオークションカタログで入札するのもおもしろいです。 このようにして28mmを手に入れたなら、つぎは90mmのエルマーがいいでしょう。とくに二台目に0.85倍のファインダーをもつM7、M6TTLを選んだなら是非お薦めします。もちろんエルマリート、ズミクロン、テレエルマリートでも適当なものが初めに見つかればそれでもいいでしょう。90mmエルマーは50mm、35mm、135mmについで歴史のあるレンズのうちの一つで種類も程度も月とスッポンほど違います。これもなかなかおもしろいです。とにかく一本使ってみて次のと比べることです。つぎは135mmヘクトールです。これも古いレンズですが最近見直されてきていていろいろな本に登場しています。まだまだアメリカでは安いレンズです。135mmにはエルマーもあります。比較的新しいレンズとしてはエルマリート、テレエルマーがあります。ライカはよく広角レンズをつけてスナップ用に良いと言われていますが、私は75mm、90mm、135mmをつけて学会や講演会会場で盛んに撮影しました。シャッター音が小さいこと必要な部分を切り取れることで好都合です。つぎはいよいよ大物レンズ21mmスーパーアンギュロンの番でしょう。まず現行のライカ社のファインダーを手に入れておきます。この専用ファインダーを覗いた瞬間にこのレンズの購入を決意していたとしても当然でありましょうが、少々使いにくいなら(使う機会が少なそうだと感じたなら)24mmでもいいでしょう。もちろん専用ファインダーは真っ先に買っておきます。スーパーアンギュロンにはF4とF3.4とがあります。F4のものにはスクリューマウントのものとMマウントのものがります。このほかに21mmにはエルマリートもあります。まずeBayやクリスティーズのオークションカタログ、シャッターバグを丹念に調べたり、中古カメラ市に通って探します。穴場はeBayやクリスティーズだと思います。適当なものが載っています。専用ファインダーは常に頭の片隅にいれておいて機会があるたびに注意しておきます。望遠側には200mmを持ちましょう。テリートにはF4.5とF4があります。コンパクトさを求めるならF4.5、重くても性能を重視するならF4のレンズということになるでしょう。どちらもそれ程高価ではありません(とくにアメリカでは)。このレンズはヴィゾフレックスにつけて使用しますが専用のチューブを使い直接ボディーにつけることもできます。ただしこのときは距離計に連動しません。 21mmまで手に入れ、ボディーを2台、28mm、35mm、50mm、90mm、135mm、200mmのレンズを何本かもっていたとしたら、そして、ここが大事なことだと思うのですが、十分に特徴をつかみながら使っているとしたなら、あなたはもう立派なライカ使いだといえましょうしコレクターだともいえます。 今ではコピー機が普及してカメラで複写など特別なこと(スライド作り これも最近ではコンピューターで処理したほうが奇麗で便利になってしまいました)がないとしないかもしれませんが、機構的におもしろいアクセサリーに接写装置 がいろいろとでています。雑誌や中古カメラ市に適当なものがあったならコレクションに加えておきましょう。ヴィゾフレックスを既にもっているのなら65mmエルマーはいつかは手に入れておくべきレンズです。望遠レンズは一眼レフだけのものと思われるかもしれませんが、室内で静粛性を要求されるような場合にはよく整備されたライカに優るものはないと思います。280mm、400mmなどヴィゾフレックスと共に使う不便さはありますがまた楽しいものです。 以上で一通りの機材がそろったと言えましょうが、次には少々特殊目的のための機材であるⅠf、MD、MDa、MD2のうちのどれかを求めヴィゾフレックス用としましょう。ここまできたら、あなたはスクリューマウントライカが好きかそれともMマウントライカが好きか好みが分かってくるでしょう。もしスクリューマウントライカをもっと深くコレクションしたいと思ったなら73mmヘクトール、85mmズマレックス、90mmタンバール、125mmヘクトールの各レンズがあります。もしMマウントライカなら15mmホロゴン、24mmエルマリート、35mmズミルックス アスフェリカル、50mmF1.2ノクチルックス、75mmズミルックス、180mmテレエルマリートなどのレンズがあります。また同名で時期が違うとレンズ構成が違うもの外観のみ違うものその他のバリエーションがあり、カメラボディー本体やアクセサリーにも及びなかなか奥が深く一冊二冊の専門書では間に合わなくなります。また、変わり種としては33mmステマー、35mmステレオエルマーなどもあります。実際にライカを使いだすとすぐにボディー、レンズとともに集めたくなるのはその豊富なアクセサリー類でしょう。レンズフード、フィルター、ケースなどからフィルムワインダー、接写装置さらには引き伸ばし機、スライドプロジェクターなど撮影から仕上げ、鑑賞用のものまでライカのごく初期の段階から幅広くそろっています。システムカメラの元祖といわれる所以です。ごく一般的なものが終わりに近づくと特殊なものに関心が移って来るのは当然です。ライカには古くから軍用として市販のものと異なるシリーズがあります。また特定のディーラーや愛好者の集まり、団体、イベントを記念して特別の刻印を彫ったものもたくさんあります。 市販はされたが評判が芳しくなく少数に止まってしまったものなどもあります。このほかにプロトタイプのボディーとレンズなども是非いつかは手に入れたいと思うでしょう。大事なことは焦らずゆとりをもって永く続けることです。ながい間には いろいろなことがあります。決して無理をせず そのときの 状況に合わせて 続けることが いいでしょう。そうすれば いつか きっと すばらしい コレクションが あなたのものになります。ライカだけでなく あなたのお気に入りのカメラ、レンズ、アクセサリーでコレクションができます。 SLOW BUT STEADY で楽しみましょう。 ながくて拙い文章をここまで読んで頂いて 有難うございました。 以下は 気分転換に 写真を中心として載せます。
 
ここには 手元にある ライカの写真を 載せます。 一番の圧巻は なんといっても 昨年 亡くなられた 中村健ニ郎さんのコレクションで 1995年TEPIA(機械産業記念館)にて開かれたときに撮ったものです(KNと表記)。カメラレビュー誌クラシックカメラ専科No.37でとりあげられました。ほかに 先にあげた ウイーンのライカショップの展示品(2002年、2003年)もあります(LSと表記)。海外のコレクター、ディーラーからの写真もいくらかありますが 著作権の問題がありますので しばらく 見合わせます。

UR-LEICA

すべてのライカの原点。UR Leicaです。(LS)
 
1913年オスカーバルナックにより製作されたライカカメラの原型(UR)。
2台製作した内の1台をエルンストライツに贈呈し、アメリカ旅行に持参する。
結果が良かったので生産に至ったと言われているが、それまでには、10年余の歳月が費やされた。
 
ドイツ・ライカ社所蔵特別出展

Leica 0 No.118

Leica 0 No.118 です。(LS)

Leica 0 No.111

Leica 0 No.111 です。(KN)

Leica 0 No.113

Leica 0 No.113 です。(KN)

Leica Ⅰ No.184

Leica Ⅰ (A型)No.184 Anastigmat付きです。(KN)

Leica Ⅰ (A型)No.1355

Leica Ⅰ (A型)No.1355 Elmax付きです。(KN)

Leica Ⅰ (A型)No.2754

Leica Ⅰ (A型)No.2754 旧Elmar付きです。(KN)

Leica Ⅰ (A型)No.54394

Leica Ⅰ (A型)No.54394 Hektor付きです。(KN)

Leica Ⅰ(B型)No.13117

Leica Ⅰ(B型)No.13117  旧Compur付きです。(KN)

Leica Ⅰ (B型)No.21562

Leica Ⅰ (B型)No.21562 新Compur付きです。(KN)

Leica Ⅱ No.229

Leica Ⅱ No.229 Anastigmat付き。Leica Ⅰからの改造です。(KN)

Leica Ⅱ No.292

Leica Ⅱ No.292 Elmax付き。Leica Ⅰからの改造です。(KN)

Leica Ⅲ No.870

Leica Ⅲ No.870 Elmax付き。Leica Ⅰからの改造です。(KN)

Leica Ⅰ (C型) No.55803

Leica Ⅰ (C型) No.55803 Elmar付き。 (KN)

Leica Ⅰ (C型) No.65272

Leica Ⅰ (C型) No.65272 Hektor付き。 (KN)

Leica Ⅰ C型 No.56401

Elmar 35mmウェストレベルファインダー 35mmアタッチメント付き)付き。(KN)

Leica Ⅱ No.91653

Leica Ⅱ No.91653 Elmar 付き。 (KN)

Leica Ⅱ No.168183 

Leica Ⅱ No.168183  Hektor 付き。 (KN)

Leica Ⅱ No.179893

Leica Ⅱ No.179893 Elmar 付き。 (KN)

Leica Ⅱ No.112439

Leica Ⅱ No.112439 クローム、 Hektor 付き。 (KN)

Leica Ⅱ No.252005

Leica Ⅱ No.252005 セミ クローム、 Elmar付き。 (KN)

Leica Ⅱ No.352675

Leica Ⅱ No.352675 クローム、 Elmar 付き。 (KN)

Leica Ⅱf No.95863

Leica Ⅱf No.95863 Hektor 付き。 Leica Ⅱからの改造です。 (KN)

Leica Ⅲa No.243883

Leica Ⅲa No.243883 Elmar付き。
WWⅡでドイツ海軍に使用されたもの(?) (KN)

Leica Ⅲa No.348147

Leica Ⅲa No.348147 Summitar付き。
WWⅡでドイツ海軍に使用されたもの(?) (KN)

Leica Ⅲc No.371155

Leica Ⅲc No.371155 。 ドイツ海軍仕様。 (KN)
ここまで 掲載してきました中村健二郎さんのコレクションの写真ですが いくらマイナーなサイトとはいえ これ以上無断で続けるのは倫理的にできません。そこで 只今 2004年1月29日に 掲載の許可を願うため メールを 関係者の方に送りました。 その返事によっては KNと表記されている箇所を 削除いたします。
 
中村健二郎さん側からの回答が1ヵ月以上経った現在(2004年3月4日)までありません。いつでも 削除できますので 続きを掲載したいと考えます。

LeicaⅢc No.374751

LeicaⅢc No.374751 モーター付き (KN)

ヘクトール 135mm ルフトワッヘン (KN)

LeicaⅢc No.385794

LeicaⅢc No.385794 ドイツ 空軍用 (KN)

LeicaⅢc No.390216K

LeicaⅢc No.390216K ドイツ 空軍用 グレー  ズミタール (KN)

LeicaⅢc No.388478

LeicaⅢc No.388478 ドイツ 空軍用 グレー  ズミタール (KN)

LeicaⅢc No.389146K

LeicaⅢc No.389146K ドイツ 陸軍用 (KN)

LeicaⅢc No.391428K

LeicaⅢc No.391428K ドイツ 国防軍用 エルマー (KN)

LeicaⅢc No.389595K

LeicaⅢc No.389595K ドイツ 海軍用 グレー  ズミタール (KN)

LeicaⅢf No.390784K

LeicaⅢf No.390784K ドイツ 軍用 グレー Ⅲcを改造。  クセノン (KN)

LeicaⅢc No.391069

LeicaⅢc No.391069 ドイツ 軍用 グレー モーター付き  ズミタール (KN)

ライカ Ⅰ LUXUS  No.48418

ライカ Ⅰ LUXUS  No.48418 (KN)

Leica 72 WETZLAR Nr.357169

ライカ 72 ウェッツラー  No.357169  (KN)

Leica 72 Wetzlar Nr.357207

ライカ 72 ウェッツラー  No.357207  (KN)

Leica 72 Midland Nr.357413

ライカ 72 ミッドランド  No.357413  (KN)
つぎの ライカは著作権の問題がないと思われるものです。

Leica 72 Wetzlar 

Leica Ⅱg 

Leica M4M

 このボディはもともとM4MOTとあったはずですが、ファインダーカバーを交換したときにM4Mとされました。(LHSA VIEWFINDER誌による)

Leica M2モータライズド 

Leica M4-P エヴェレスト

Leica M6 LHSA 20周年記念 20-01

エルマリートC 40mm

エルマリートC 40mm。 ライカCLが企画されたとき コストを抑えるため 当初F2.8のエルマリート40mmが標準レンズとして用意されました。ところがボディがミノルタで作られることになり、コストに余裕ができたので実際にはF2のズミクロン40mmが標準レンズとして発売になりました。そのため この400本ほど作られたレンズは一般には市販されず社内で販売されたということです。(Leica the First 50 Years など)

Leica Ⅲa

ズマール付き。本来 Summarとするところが 彫刻のミスでSumnarになっています。

エルマーC 90mm

絞りの16の6がありません。

ズミルックス75mm 試作品

 
ズミルックス75mm 試作品。
0014751 は75mmF1.4のNo.1でしょうか。
レンズフードが組み込まれたものになったときのものです。

Leica M5 ヴィゾフレックスⅢ テレ エルマリート 180mm付き

Leica M5 ヴィゾフレックスⅢ テレ エルマリート 180mm付き。
このレンズは250本ほど作られ そのすべてがアメリカへ送られたため ドイツのライカ社にも1本もないということです。
 

LHSA M6TTL0.85  ズミクロン90mmアスフェリカル付き

デジカメになる前までの 学会用仕様です。実は このM6TTLの前にLHSAの25周年記念のM6がレンズ3本付きでだされました。この話があったときに レンズを希望の3本にできないかと尋ねたところ できない といわれました。それでもそのままにしておくのはもったいないと思い コダックステレオ改パノラマカメラの仕上げをしてくださったIさんの義理のお兄さんに話をもっていっていただき 買って頂きました。この方は このM6をよく使っておられるということを聞いています。やっぱりカメラは使って楽しむ物だと考えています。それでいかに気分良く使えるかをいつも考えています。

試作 180mmF2.8レンズ

絞り値は罫書き。このレンズをニコンの一眼レフで使えるようにアダプターを作っていただきました。

レントゲン 撮影用 エルカン 90mmF1

古いワープロの文書をプリントしたものがでてきました。10年ほど前のものなので どれだけ参考になるかわかりませんがここに掲載したいと打ち直します。
 
海外旅行を予定されている クラシック カメラ 愛好家のために。
ロンドン一人旅 趣味のカメラを追って
今年(1994年)のゴールデンウィークにロンドンを訪れました。目的はできるだけ多くのカメラ店(できればクラシックカメラを扱っている店)を見ることです。以下順を追って述べます。
ご参考までに 今回訪ねたカメラ店の名前と所在地とロンドンAZの場所を記します。 ただし 10年前のものなので どれほど お役に立つかはわかりません。 実際 すでになくなっている店もあります。
 
 KEITH JOHNSON PENNING: 83 DRUMMOND STREET p.61-4J
 JESSOP CLASSIC PHOTOGRAPHICA: GREAT RUSSEL STREET p.61-5J
 CLASSIC COLLECTION: 2 PIED BULL YARD, BURY PLACE p.61-5J
 RARE CAMERA COMPANY: 18-20 BURY PLACE p.61-5J
 VIC ODDEN'S OF LONDON BRIDGE: 5 LONDON BRIDGE WALK p.78-1D
 R.G.LEWIS: 217 HIGH HOLBORN p. -
 PUL-HENRY VAN HASBROECK: 34 BURY WALK p. -
 CITY CAMERA EXCHANGE: R.G.LEWISの向かいの店と
 46 FENCHURCH STREET p.77-3H
このほかにメモはしておいたのですが裏側だったので見落としてしまった どうしても行きたかった店が
 GRAY OF WESTMINSTER: 40 CHURTON STREET, PIMLICO です。
また 参考にしたカメラ雑誌は
AMATEUR PHOTOGRAPHER
PRACTICAL photography
BUYING CAMERAS AND PHOTO ACCESSORIES
PROFESSIONAL PHOTOGRAPHER
photo ANSWERS の各誌です。
今回のロンドン滞在は5月1日(日)、2日(バンクホリディ国民の休日)、3日(火)と最悪の条件でした。できれば 出発前に各店の営業日を確認(現在ならインターネットでできるかもしれません)するのがよいと思います。
The Rare Camera Companyについて(1994年当時の)近着の LHSAの機関誌 VIEWFINDER は 1993年10月にロンドンに開店した新しいクラシックカメラ専門店で、ブリティッシュ ミュージアムから文字通り道を一本隔てた場所のパイド ブル ヤードにあり、ここは急速にロンドンのクラシックカメラセンターになりつつある と述べています。
パイド ブル ヤードを囲んで、正面入り口右側に レア カメラ カンパニー(表の通りからショーウィンドウが見えます。)入ってすぐ左側にジェッソップ クラシック フォトグラフィカ、その奥にクラシック コレクションがあり、さらにこの5月にはクラシック コレクションの書籍部門が独立した店舗として開店しました。
前日の宿泊地レディングからインターシティでロンドンのパディントン駅に到着。今日宿泊予定のドーチェスターホテルの場所を地図にて確認。ハイドパークコーナーあたりが一番近いのではないかと見当をつける。ハイドパークコーナーを通るバスのバス停を探す。バスを待っていた地元の人らしいおじいさんに料金を尋ねた。この時、バスの運賃のことを誤ってフィーと言ったらフェアと直してくれたうえで、アイティペンスと教えてくれた。一瞬おやっと思ったがすぐにエイティペンスのことと気付きエイティペンスのことかと聞き返したらそうだとうなずいた。バスに乗り込み運転手に「ハイドパークコーナー」と1ポンド硬貨を出しながら言うと、「プリーズ」と顔をしかめて言う。慌てて「プリーズ」と付け足すと、ゆっくりうなずきながら釣りをよこした。ロンドンで一人で初めてバスに乗ったとはいえ失礼な言い方をしたと反省した。乗ったはいいが降りるのが大変。バスの停留所の名前が付いていたり無かったり(すくなくとも私にはそう思えた)したものだから、どこで降りたらいいかわからない。しばらくするとドーチェスターホテルを通り過ぎたので次で止まるようにボタンを押した。幸運にもそこがハイドパークコーナーであった。チェックインを済ませ部屋まで案内してくれた女性に10ポンド渡した。丁寧に礼を言っていた。(今思えば たいそう丁寧に。後でわかったことだが1ポンドでよかったと言われた。) もしも あなたが パック旅行などで何の苦も無くホテルに到着したのならこんな思いはしなかったでしょう。
さて これからの作戦ですが、あらかじめ いくらか準備が必要です。ここまでの観光の合間に、カメラ雑誌、ロンドンAZ、あまり詳しくてなくていいから一枚でロンドン全体がわかる地図を用意します。ターミナル駅の売店、街の書店で簡単に手に入ります。簡単なバス、地下鉄の路線図は駅でくれます。これだけ揃えたら、カメラ雑誌の広告で興味のありそうな物を扱っている店の名前と所在地をメモします。つぎにAZの索引で通りの名前を調べ、どこに載っているかメモに加えます。詳細図にも載っていればそれもメモします。一通りメモし終わったら、AZの地図に印をつけ次に全体図にも印をつけます。この全体図につけた印によって効率よく店をまわることができます。では、出発です。まず最寄の地下鉄の駅でトラベルカード(一日乗車券)を買います。大抵はゾーン1、2で済むと思いますが 心配ならオールゾーンの券を購入します。券は窓口でも自動販売機でも買えますが自動販売機で買うときには まず 一度でお札を受け入れてくれると思わない方が賢明です。機械に拒絶されても根気よく少しずつずらして入れなおしたり別の札を入れたりすれば買うことができるでしょう。(1994年当時の話です。)どうしても苛々してだめなら窓口でトラベルカード、ゾーンワントゥとかオールゾーン プリーズと言えばポンポンとスタンプを押して出してくれます。このカードでバスも地下鉄もOKです。時間に余裕があれば地図に印のついているところを通るバスを見つけ外を見ながら近くに来たら降りればよいし(印のついていない面白そうな店がみつかるかもしれません)、もっと確実に店の近くに行きたければ地下鉄で行けばよいし、一番確実に店まで行きたければタクシーで行くのもよいでしょう。タクシーには乗る前に運転手に行き先を告げ(あるいはメモの店名と住所を指で指し示す)着いたら料金は車の外に出てから1ポンド程度上乗せした額を払えばよいでしょう。次に今回私が訪れたカメラ店を紹介しましょう。
KJP:この店は出発前にぜひ訪ねるようにと紹介されていた店でプロ用の機材などを中心とした ちょうど銀一のような(?)感じの店でプロ機材、照明器具、書籍雑誌、中古カメラ、(ハッセルのボディ、レンズなどの実用品)、現像の受付、カメラ、アクセサリーなどなど部門ごとにコーナーがあります。ここでは雑誌で見たオプティクリーンというレンズの表面に塗布し乾燥した後 剥がすと汚れが一緒にとれるという揮発性の液体レンズクリーナーを買いました。
ジェソップ・クラシック・フォトグラフィカ、 レア・カメラ、 クラシック・コレクション・カメラ の3店は英国博物館のすぐそばの ほぼ同じ場所にあり いずれもクラシックカメラコレクターなら必見の店です。日本人の顧客も多いところです。クラシック・コレクション・カメラに行ったときにも ちょうど大阪のOSカメラから帰ってきたばかりだという店員さんがいました。クラシック・コレクション・カメラではすぐそばに書籍専門店を今日5月3日にオープンしたと言ってまだ完全には商品を並べきっていない店に案内してくれました。ジェソップ、 クラシック・コレクション の2店では書籍をいくらか買っただけでした。
これらの店を出てすぐの所に古本、地図などと一緒に中古カメラを置いているレアブックスという店があります。カメラのコーナーは一度に2人までしか はいれませんがここにはロシアのフェドなどがあり 37ポンドでゾルキー4Kジュピター50mmF2付きを買いました。面白かったのは これを買ったときに 店の主人がファイルをめくって カメラとレンズの説明をしてくれたことで、 このレンズはズミクロンより優秀だと書いてあるとコピーを示していました。レンズキャップをもう一台のものに付いていたマーク付きのものと替えてくれないかと言ったら気軽に応じてくれました。ケースは要らないと言ったのですが内側に 重要:必ずフィルムをまきあげてシャッターをチャージしてからシャッター速度ダイアルを合わせるように と書いてあるから 持っていくようにと3-4個あるうちから一番よさそうなものを選んでくれました。
 
R.G.ルイス カメラ ではライカⅢfのブラックダイアルのトップカバーを110ポンドで売っていました。私は ライカ50イヤーズ(黒表紙の一番はじめのもの。持っているものは書き込みなどで随分いたんでいます。)を10ポンド、ポケットブック3版を2ポンド、プライスリスト1986-87年版を1ポンドで買いました。クラシックカメラ店ではありませんが この店の真向かいにシティカメラエクスチェンジがあります。私が行ったときには 入り口の左側に中古カメラ、右側に新品カメラ、イメージテックの使い捨て3Dカメラもありました。
 
ヴィック・オドン・オブ・ロンドンブリッジ は地下鉄ロンドンブリッジ駅のすぐ近くにあり、入り口が クラシックカメラ、一般、DPEと3つに分かれています。
ライカ ファンなら誰でも知っている、ハスブロックの店はサウス・ケンジントン駅の近くにあるはずだ。住所に行ってみると店らしきものも事務所らしきものも見当たらない。34のドアを叩くと若い婦人が出てきた。尋ねるとここが彼の事務所で治安の問題でカメラは別の場所に置いてあると言う。中には彼の著書が文字通り山積みされており、販売用のカメラのリストの準備をしていた。そこで、月に一度ファックスを受け取るが夜中に自宅に届くので仕事先に着くように変更して欲しいと頼んだ。以前ファックスでは頼んだのだが一度だけ仕事先にきたが また自宅にくるようになってしまっていた。(今日仕事先に最新のものが届いた。そのリストの中にR用ズミルックス28/1.4試作品3台生産?とある)秘書嬢に入れて貰ったコーヒーを飲みながら周りを見るとかなり古くからの(1900年代前半頃からのものだったように思う)写真雑誌の合本とか何台かのカメラが置かれていた。
パディントン駅からすぐのところにクックの店があります。これはバスの中から見えたもので、質流れ用品屋(?)というかとにかく狭い店内に雑多な品物が、楽器、家電製品、猟銃(?)などが所狭しと置いてあり、入り口の右側、外から見えるところにカメラが並べられていました。ロモ・オートマチックというロシア製コンパクトカメラを欲しいと主人に言うと、新しいボタン電池を2個ハサミで包装を切って取り出しカメラに装填した。するとあと一個分のスペースがあったので もう一個新しい電池を持ってきてハサミと共に手渡し 出してくれないかと言う。電池の入っている上側の透明な薄いプラスチックを押して下の厚紙の方から電池を取り出して渡すと、まるで手品でも見たかのように目を丸くして驚き、どうやって電池を出したのかと聞く。へこんで空になったプラスチックの部分をジャストプレストヒアと押し裏の十字に破れたところを見せ、取り出すしぐさをしたら感心そうに見て、こんな方法もあったのかとハサミをしまった。さて、3個目の電池を入れてシャッターボタンを押したがシャッターが開かない。明るい方に向けたり、叩いたりしても全然動かない。かなりしつこくなんとか直そうとしている。ファインダーを覗くとシャッターボタンを押している間赤ランプが点灯するので電池は正常のようだ。主人は店先にずっと出したままになっていたからシャッターがくっついてしまったのかもしれないと何度も何度も叩いていた。そのままでいいから持ち帰りたいと言ったら おまえは技術者かと聞いてきた もちろん違う ただそれが欲しいだけだ と答えた。安くしようと考えていたようだが それにはおよばないと言って27ポンド払った。直らなかったら金を返すと言っていた。帰り際に電源プラグのコンバーターを見つけたので、日本から持ってきた電気カミソリの充電ができると買おうとした。こういうプラグが使えるかと図を書いて尋ねると使えるが それならこれがいいよと 引出しから初めに買おうとしていた物の半値以下の品物を勧めた。なんと欲のない主人だと思いながら出されたものを買って店を出た。パディントンからレディングに行く切符を窓口が長蛇の列だったので自動販売機で買った。列車の掲示板に乗車ホームの案内が出ると それまで思い思いのことをしながら外で待っていた人々がまるで磁石に吸い付けられるように一斉に動き出した。列車に乗って席につき切符を確かめようとポケットを探したが見当たらない。発車時刻まで5分しかない。不法乗車には高額の罰金とあちこちに書いてある。しかたなく、再び自動券売機で苛々しながらなんとか切符を買って列車に戻った。発射まで1分もなかった。もう一度よく探したら前に買った切符が出てきた。検札にきた人に二枚の切符を見せ事情を話すと下車駅の窓口で相談するようにと言う。レディングに着いて切符売り場のとなりのインフォメーションで話すと乗車駅で手数料を払い、払い戻しを受けるようにと言っていたが、私はもうロンドンに戻る予定はないし明日帰国予定だ。第一 ここからパディントンまでの切符を買って これからパディントンに戻って 手数料を払い 切符の料金を払い戻してもらって また ここまでの切符を買って 戻れと言うのか と言うと、二枚の切符をしげしげと見た後、なにやら規則書のようなファイルに目を通し、事情を書いた書類を作り、住所と氏名とサインを記入するように言われた。書類が出来上がると運賃を全額返してくれた。お礼にチップとして1ポンド出したら 笑って受け取らなかった。
 ホテルに着くとフロントで、あなたの姿を見かけて部屋の準備をした。たった2分前に終わったところだ。到着は明日の予定ではなかったのか、と 聞かれた。確かに今日戻ると話しておいたのだがと部屋で落ち着いて考えると、多分、一本やられたのだと思った。この男は 田舎者の日本人が まともに返事をしたので笑っているか呆れているに違いない。イギリス人だったらきっと、そうかい、3分前まで泊まるかどうか考えていたものだから などと答えていたのだろうと思いました。
 翌日、空港までのリムジンの予約は3時だったのに、2時半に外を見るともう来ていました。たずねると 予定より早く着いた と言っていましたが こちらが 気が付かなければ 3時まで黙って待っていたのだ と思います。降りるとき10ポンドのチップを目立たないように渡しました。
 
私の初めてのカメラは オリンパスのセミ判スプリングカメラでした。父がキャノンL2を買ったときにもらったものです。キャノンL2がでたときにマミヤ マガジンがいいかL2がいいかだいぶ 迷っていたことを今でも覚えています。結局 キャノンにしたのですが 母の弟は当時キャノンⅣSbを持ち、50mmF1.8のほかに135mmと35mmの交換レンズを使っていました。父の長兄はイコフレックスを使っていたといっていましたが見たことはありません。父はこのオリンパスのセミ判カメラを随分愛用し長い間使っていました。私がもらったとき 古いカメラだという思いだけでなんだかカッコワルイ気がして使った覚えがありません。
父の使っていたL2です。

これが私が小学3年生の時(?キャノンL2発売の年の冬)に父からもらったオリンパスのセミ判スプリングカメラです。(よく分解されずに手元にあったものだと思います。)

デジタルカメラの性能が今ほど よくなかったときからできればデジタルで口腔内写真を撮ろうとしていました。
左はオリンパスDELTISVC-1100ⅡでOM用リングストロボがつきます。PCカードはSRAMカードを使います。右はNECのPC-DC401というものでCマウントなのでアダプターを介しニコン一眼レフ用のレンズが使えます。ケーブルレリーズは絞りを操作するために使います。今では考えられないことですがこのどちらにも液晶モニターはついていません。NEC PC-DC401にはニッコール35mmF1.4(前述しました東京駅の地下街の店で買ったもの)がついています。ケーブルレリーズはF→Cアダプターに付け、押し込んで絞りを開放にしておき、シャッターを切る瞬間にロックをはずして所定の絞りで撮影するために使います。このほかにFUJIX DIJE (?)というものもある歯科医の紹介で使ったことがありました。40万画素程度でもサービス判ほどの大きさで使う分には実用上問題なく感じていました。結局NECのPC-DC401は3台購入いたしました。
 
こちらに上記機種の仕様が掲載されています。(2004年5月8日現在)
Olympus DELTIS  VC-1100Ⅱ
NEC PC-DC401
フィルムカメラからデジタルカメラに移る間にほんの一時期でしたが2インチのフロッピーディスクを使うアナログのフロッピーカメラがありました。ソニーマヴィカというものが始めで、このフロッピーを使うカメラが数社からだされました。ミノルタからは一番初期のαシリーズ一眼レフ用の交換バックがありました。据え置き型のビデオテープレコーダー位の大きさのレコーダーやプリンターもありました。ただ画質が悪く写真屋さんに処理をお願いするSVプリントでも不満足な仕上がりでした。
左が 写真屋さんに出して仕上げた FUJICOLOR SV-PRINT(余白部分の日付は誤りです。1980年1月2日ではありません。正確な撮影日がわかり次第 訂正いたします。インデックスプリントに’88.3.24の日付のあるものが見つかりました。)、  右は 院内のプリンターによるプリント (FUJIX VIDEO PRINT PAPER VP-5 使用)です。ミノルタα7000+スチルビデオバック(専用ファインダースクリーンに交換して使用)+リングストロボ+50mmマクロレンズで撮影。
サンヨーは知る人ぞ知るデジタルカメラ生産の大手だそうです。デジカメということばも もともとはサンヨーの登録商標だと何かにでていたような気がします。それほど知られていなのはOEM(相手先ブランド)生産が多いからということです。つぎにご紹介するのはサンヨーブランドのズームレンズつき一眼レフ デジカメです。

iD shot IDC-1000Zといって画像の記録にiD photo disk という730メガバイトのディスクを使います。この機種も私が望んでいたフォルダを作りながら撮影できると聞き購入しました。ところが専用の別売ドライバーソフトがないとパソコンで開けないという欠点がありました。もちろんパソコンソフトも買って画像の取り込みもしましたが これでは普及しません。案の定このカメラの後継機は(私の知る限りでは)でませんでした。IDC-1000Zを今日(2004年5月8日)ヤフーのショッピングで検索したところ、驚いたことにまだ100,000円以上で販売している業者がありました。

こんなことがありました。

 

あるとき(25年ほど前のことです)北の丸公園の芝生の上で長女を遊ばせながらいつものようにキャノンA-1とライカM5で子供の写真を撮りました。しばらくしてからその後M5で撮った写真に細い線や点が写るようになっているのに気が付きました。レンズをはずしてシャッター幕をみるとちょうど子供の頃お日様の光を虫眼鏡で紙に集めて穴を開けた時のような小さな穴が開いていました。芝生の上にレンズを上に向けて置いていたためにできたピンホールだったのです。シャッター幕の修理は医局のS先生にお願いして香港にいらしたときに香港のシュミットでして頂きました。M5のシール(レンズマウント12時の位置にある)はHになっていました。

シールがでてきましたので 先に挙げたM2とM4Mのシールを載せます。

SとLです。皆様もお手元のMのシールをお確かめになられてはいかがでしょうか。最近は個人の修理屋さんでも独自のシールを使い責任を持っておられるところもあるということです。

このM5は後にもS先生のお手を煩わせて返還前の香港のシュミットで修理を受けることになりました。それはライカM3を肩から、M5を首から下げて歩いていたときです。M3のファインダーカバー上部のかどがM5の前面ファインダーと距離計窓の間に強くあったってしまいM5のファインダーが壊れてしまったのです。中のレンズが割れて見えなくなってしまいました。S先生今でも感謝しています。このときのM3はズミクロン50mm付きで義理の弟に売ってしまいました。後年修理に出したときに程度が良くないカメラだと言われたそうで義弟には申し訳なかったと思っています。

 

直接カメラには関係のないことなのですが古いスライドファイルを見ていて見つけたものがあります。 1992年7月27日とありますから12年近く前のものです。 当時痛くない歯科治療のためにレーザーが注目されていました。以前 購入したレーザーはとんでもなくひどいもので殆ど役に立ちませんでした。今回のは歯が痛くなく削れるということで購入しました。まず初めに自分の歯に当てて試してみたところツーンッという神経を刺激する痛みを感じました。麻酔しなくても歯が削れると言われていましたがとてもこどもたちの歯に使おうという気にはなれません。またしても使えないものを買ってしまったと思いました。その後これはたまにある軟組織の治療(上唇小帯、舌小帯切除)に使いましたが何といっても鉄道模型のレイアウトで発泡スチロールの加工に一番威力を発揮しました。

歯の表面でどのような変化が起きているか写真を撮ってみました。

チノンインフォバック付きのニコンF3、に顕微鏡用対物レンズPlan 10xをつけたベローズPB-6を使用しました。

得られた画像です。高温で歯の表面が溶けガラス状になっています。

口腔内写真の撮り方のところで開業前にカメラとレンズのテストをしたと書きましたがそのときの機材のスライドが一部出てきましたのでとりあえずこの場所に載せます。いずれテストしたときの箇所に移します。

ペンタックス スーパーA に 100mm デンタルマクロ というレンズがついています。 この100mmレンズにつけるアタッチメントレンズは磁石で着脱でき操作性は非常に良いものでした。2004年4月、この磁石でクロースアップレンズを着脱させるというアイディアは東京で歯科医院を開業されておられるK先生によるものとメールで知りました。
ヤシカFRとヤシカメディカル100オーラルというレンズです。このレンズに刻んである1/1.8倍が小児の乳歯列を撮るのにちょうど良かったので開業時にメディカルニッコールを購入したときに1/1.8のところに日本光学で しるし を付けていただきました。
レンズとボディが一体型となっているカメラでボディ下部のワインダーのような形のものは電池ボックスです。焦点距離が短いので ほとんど診療室内では使いませんでした。このカメラは学校歯科医をしていた養護学校に寄贈(?)されました。
現在地に小児歯科医院開業 半月後の日付がついています。ニコンFMにMD-12とメディカルニッコールの組み合わせです。
カメラテストで使った組み合わせではありませんがOM-2と80mmマクロとオートエクステンションチューブにツインストロボの組み合わせです。
ミノルタα7000と50mmマクロ、SB-70スチルビデオバックの組み合わせです。
α7000のスチルビデオ撮影、プリンターセットです。口腔内撮影には50mmマクロレンズを使っていました。プリンターの上カメラ横にあるものはレコーダーです。
キャノンEOS RTと 100mmマクロの組み合わせです。これも縦につるして使っていました。ボディ下部のプラスチックカバー内には外部電源として単三電池4本が入っています。
パソコンを見ていましたらつぎのような コシナに送った手紙が出てきました。重複する箇所も多いのですが掲載いたします。
 
ベッサR2は すばらしいカメラです。シャッター音を小さくできれば完璧ですがとにかくこんなにいいカメラは久しぶりです。ベッサTで使えなかったレンズズミルックス 35mmなどが使えるようになって理想のカメラに近づきました。
以下思いつくままに勝手に述べます。
 
フォクトレンダ-ベッサR2を使って思う
連動距離計付きライカがM7でAEとなった。ベッサR2の次ぎは当然AEのベッサR3であろう。オリンパスがM1を発売したときエルンスト・ライツ社はM1の名称についてクレームをつけた。結果としてMAITANI-1はOM1という名に変更された。ベッサR3について現在のライカ社が文句をつけるかどうかわからないが、事前に確認してR3の名称に問題があるようならR2Aとしたらよい。ライカM7がプロトタイプのときにM6Aとしてテストされていたようだがこれなら文句を言うまい。コシナがつくるのだから電子シャッター搭載ライカMマウントのAE機はたやすいことであろう。その際、ストロボTTLオートはもちろんのこと、できればシャッターの最高速度を1/4000まで上げて欲しい。連動距離計付き35mmカメラのスナップ撮影には35mm、28mmのレンズが使いやすいとされているが、90mm、135mmのレンズを使ってのスナップ撮影も有効でとくにファインダー内で「画面を切り取る」ことができるのは通常の35mm一眼レフカメラではできないことである。このとき高速シャッター搭載による手振れ防止のメリットは大きい。 つぎのステップはAFでライカ社はRのAF化を中断したようだがMボディではさらに困難が予想される。裏蓋開閉式のベッサならフィルム面(焦点面)を前後させる形で実現可能だろう。このときに、最短距離から無限遠までフィルム面を移動させてピントを合わせる必要はまったくない。前後1mmか2mmで充分で、まずある程度ファインダーを覗きながら手動でレンズのヘリコイドを動かしていき大体合焦したところでシャッターボタンを押す。その後フィルム面を少し前後して精密なピントを合わせればいい。この方法ならそれ程ボディの厚みを増さなくても可能であろう。カメラレビュー誌で、織間勇氏がリコーの一眼レフをライカスクリューマウントにした記事を読み、さっそく真似をして一台作った。続いてライカMマウントのものもつくった。ベッサLがでたとき、このアクセサリーシューを2個のホットシューに改造した。また一台はMマウントにし1個のホットシューに改造した。ベッサTが発売になったときにはズミルックス35mmが使えるようにとマウント内部の角張ったところを当たりを見ながら削ってみたのだが結果は惨憺たるものでアクセサリーシューをホットシューにするくらいしかできなかった。今度のR2では、もはや素人の出番はまったくなくなってしまった。 ライカが長期間支持を得られたのは膨大なシステムとしての優秀性はもちろんのことだが、古くから新型への改造を引き受けたりし顧客の要望に応えてきたこともあるだろう。そこでコシナに是非ともお願いしたいのは、ベッサLからRへ、ベッサTからR2へというような改造の引き受けである。費用は改造後のボディ価格の50%+10,000円程度でいかがだろうか。まじめに改造をしたのではコスト的に合わないというなら新品ボディのナンバー部だけを元のものにして必要なら番号の後に「改」とか「*」でも入れればよい。これならベッサRからR2へ、ベッサLからR2へということも可能である。 またアクセサリーについてますます充実されて楽しませて頂いていますが、さらに次ぎのようなものはいかがでしょうか。
 
1.ステレオレンズ
現在ライツのステマーなどは非常に高価となっています。ステレオニッコールなどめったに見ることができません。ステレオ写真には何十年かの周期があるようで今から次ぎのブームの時のために開発するのもいいし、最低何個の注文が集まったら製品化するなどとして希望を募るのもいいと思います。
 
2.電動または ぜんまい式のモータードライブ装置
益々のご発展をお祈りしています。
 
というものです。
考えていることに進歩がありません。
 
著作権というのは非常に難しいもののようで先日も日本カメラ博物館で 以前 まだ館内での写真撮影が禁止される前に撮った写真をこのサイトに掲載してよいかどうか聞きに行ったところ所有者から借りて展示してあるものがあった場合に問題となることが考えられるとのことで どうしたものか迷っています。先にあげた 中村健二郎さんのライカコレクションについては 1ヵ月がたった現在、何の返事も頂いていませんので 勝手に 黙認と とって 掲載したい衝動に駆られています。 とにかく 質、量ともに第一級のコレクションです。
写真工業出版社から「ライカのレンズ」という本がでています。この改定版に付録としてライカカメラ社からリリースされたレンズのリストが2種類ついています。このリスト自体たいへんに興味ある内容を数多く含んでいるのですが、これらの2種のリストを自分でエクセルで編集することによって非常に有用なリストを手に入れることができます。(この項2004年12月31日追加)
 
例えば Summilux 35mm を例にとれば 次のようなリストを作ることができます。
1964 Summilux 1:1.4/35mm 2060501 2061500 1000
1966 Summilux 1:1.4/35mm 2166501 2167700 1200
1968 Summilux 1:1.4/35mm 2289951 2290950 1000
1969 Summilux 1:1.4/35mm 2347301 2348300 1000
1970 Summilux 1:1.4/35mm 2391201 2393400 2200
1972 Summilux 1:1.4/35mm 2547551 2549550 2000
1973 Summilux 1:1.4/35mm 2625601 2626600 1000
1974 Summilux 1:1.4/35mm 2679701 2680700 1000
1976 Summilux 1:1.4/35mm 2768501 2768900 400
1976 Summilux 1:1.4/35mm 2802401 2803400 1000

私の 2802670(シュミット)はここに入る。
1977 Summilux 1:1.4/35mm 2870001 2870600 600
1978 Summilux 1:1.4/35mm 2899401 2899800 400
12800本
1980 Summilux-M 1:1.4/35mm 3051101 3051600 500
1980 Summilux-M 1:1.4/35mm 3081001 3082000 1000
1981 Summilux-M 1:1.4/35mm 3139301 3140300 1000
1982 Summilux-M 1:1.4/35mm 3191701 3192700 1000
1983 Summilux-M 1:1.4/35mm 3281401 3282400 1000
1985 Summilux-M 1:1.4/35mm 3375001 3375500 500
1986 Summilux-M 1:1.4/35mm 3394601 3395600 1000
1987 Summilux-M 1:1.4/35mm 3433001 3434500 1500
1988 Summilux-M 1:1.4/35mm 3467071 3467570 500
1988 Summilux-M 1:1.4/35mm 3474701 3475105 405
1989 Summilux-M 1:1.4/35mm 3501201 3501700 500
1990 Summilux-M 1:1.4/35mm 3519796 3520295 500
1990 Summilux-M 1:1.4/35mm 3537468 3538467 1000
1991 Summilux-M 1:1.4/35mm 3570133 3571132 1000
1992 Summilux-M 1:1.4/35mm 3599720 3602719 3000
1993 Summilux-M 1:1.4/35mm 3637326 3637625 300
1995 Summilux-M 1:1.4/35mm 3709803 3710002 200
14905本
1988 Summilux-M Aspherical 1:1.4/35mm 3459071 3462070 3000
私の3461329(シーベル)は ここに入る。
1993 Summilux-M Aspherical 1:1.4/35mm 3635601 3636100 500
3500本
1993 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3636101 3637100 1000
1994 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3659331 3660330 1000
1994 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3670031 3671030 1000
1995 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3704803 3705802 1000
1995 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3710003 3711002 1000
1996 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3730291 3731290 1000
1996 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3741589 3742588 1000
1996 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3748119 3749118 1000
1996 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3750000 3750125 126
1996 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3751000 3751125 126
1996 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3752000 3752125 126
1996 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3758000 3758999 1000
1997 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3795010 3796009 1000
1997 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3810860 3811859 1000
1999 Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3859127 3860126 1000
200x Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 3888707 3889706 1000
x=0, 1 or 2
13378本
Summilux 1:1.4/35mm 12800本
Summilux-M 1:1.4/35mm 14905本
Summilux-M Aspherical 1:1.4/35mm 3500本
Summilux-M ASPH 1:1.4/35mm 13378本
2002年まで
 
という具合です。不揃いで みにくくなってしまいましたがご興味のおありの方にとっては さほど問題はないことでしょう。全部をエクセルで入力すると非常に有用なリストができますが、せめてご自分の興味のあるレンズについてだけでも皆さまもこの本の2つの表を使ってご自分だけのリストを作ってみてはいかがでしょうか。(2005年1月3日追加)
 
お疲れ様でした。

散文孝散人
なかむら小児歯科医院
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